「奈良ホテル」明治期の日本近代化を象徴する美しき迎賓館
日本観光の黎明期に、日本旅館とは異なる西洋文化を採り入れたホテルという、新たなる経済・文化活動の拠点が誕生。1909年、迎賓館としての役割を果たすべく、華麗なる意匠を施して扉を開けた「奈良ホテル」である。歴史と風格、絶好のロケーション……憧れのホテルで時代に思いを馳せる。
明治以降、ほとんど変わらない佇まい
長い間、一度は泊まりたいと願っていたクラシックホテルの代表格「奈良ホテル」。写真で見る通り、風格のある佇まいは、木造の日本建築の中にも西洋の趣漂う迫力の和洋折衷様式。実際に肌で感じたホテルは、期待以上に荘厳であり「桃山御殿風檜づくり」といわれる圧巻の建物であった。
1909(明治42)年開業のホテルは、建築家の辰野金吾により設計された。美しい日本瓦の屋根、白い漆喰の壁、桃山風の華やいだ意匠が混在している建築だ。
明治以後、平成の世まで佇まいがほとんど変わらないと知れば、ホテル愛好家として気持ちの高ぶりは治まらず、当時にタイムスリップできそうでワクワクしてしまった。
美術品の多さはまるで美術館
誕生以来109年目に入った檜づくりのホテルは、それだけでも文化財的価値が高い。瓦屋根には、宮殿や寺院建築に見られるの両端に、現代では珍しい飾りの「鴟尾」が据えられている。
館内では、目に入る一つひとつのインテリアに、当時の匠の技術やユニークな個性が見え隠れし、フロントに設置されたドイツ風のマントルピースには神社に見る和の鳥居が重ねられ、辰野金吾の求めた“和洋折衷”の思想が込められるなど当時の文化が表現されている。
また所蔵されている美術品には日本画も多くあり、メインダイニングルームの横山大観と川合玉堂の団扇画(打ち羽の意)は、外国人客に土産用としてつくられたうちわの原画ともなっている。さらに本館玄関には上村松園の『花嫁』が、レストラン内には中村大三郎作の『美人舞妓』が飾られている。アインシュタインが弾いたというピアノも含め、枚挙に暇のない美術品の多さはまるで美術館である。
歴史といまが交差する場所
最新鋭機器やコンピューターなどのない時代に緻密で芸術的な感性を駆使し、いまではほぼ不可能な匠の技を随所に施し、和洋折衷の高級感あふれるホテルをつくり上げた日本の精鋭たち。その熱い想いはいまなお発信され続けている。
自身も、ルームアメニティ、窓枠のつくり、照明器具、マントルピース、調度品、柱や壁、風呂場のタイルまで脳裏に焼き付けた。こうした趣のある空間で目を閉じれば、当時のゲストの歓喜の声が聞こえそうだ。
到着の日の美しい夕暮れ時、総支配人の岡さんは「近くの町並みが素晴らしいから」と、自ら案内役として我々をホテル周辺の散策に誘ってくれた。ホテルからすぐの場所に奈良町という一画がある。伝統を守る店、古民家を使ったスタイリッシュなカフェや茶寮、ギャラリー、いまどきの小物店、老舗の漢方薬店、世界遺産の元興寺も近く、歴史といまが交差する散策路は刺激的だった。
奈良ホテル
住所|奈良県奈良市高畑町1096
Tel|0742-26-3300
客室数|127室
料金|1室3万3264円〜(税・サ込)
カード|AMEX、DINERS、DC、JCB、UC、VISAほか
チェックイン|15:00
チェックアウト|11:00
夕食|フランス料理(ダイニング)
朝食|和食または洋食(ダイニング)
アクセス|車/京奈和自動車道木津ICから約20分または西名阪自動車道天理ICから約20
電車/JR奈良駅からタクシーで約8分、近鉄奈良駅からタクシーで約5分
施設|ダイニングレストラン、バー、ショップ
インターネット|無線LAN
text=Kyoko Sekine photo=Yuichi Noguchi 「一度は泊まりたい ニッポンの一流ホテル&名旅館2018-2019」