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たたら製鉄が育んだ文化と御殿湯を求めて島根・安来市へ【前編】

2021.3.24
たたら製鉄が育んだ文化と御殿湯を求めて島根・安来市へ【前編】

島根・安来にいまも根付く、日本古来のたたら製鉄の魂。光・風・土・人、すべてが一体になる地で、神々に見守られ温かく美しいものが生まれています。

訪ねた人・文
石井宏子(いしい・ひろこ)
旅行作家・温泉ビューティ研究家。年の半分は温泉旅に出掛けて取材執筆する。コロナ禍で散歩好きになり、温泉宿周辺をぶらぶら歩き出会いを楽しむ旅にはまっている。

江戸時代から続く、
たたら製鉄・鍛冶の技。

訪れるたびに思いが深まる旅がある。安来という土地もそのひとつだと感じている。

カンカンカンと真っ赤な鉄を鎚で打つと、ぱっと火花が飛び散る。たたいてたたいてかたちをつくり、また熱して、またたたく。「鍛造」という昔ながらの技法を守る「鍛冶工房 弘光」を訪れた。「たたくことで鉄の中の不純物が抜けていき、粘りのある硬い鉄になる」と、小藤洋也さん。江戸時代から代々続く鍛冶職人の10代目だ。鍛造は刀剣をつくる技法で、鍛え抜かれた鉄は、えもいわれぬ光沢を放ち、見れば見るほど虜になる。

ここを訪れるまでは、鍛冶は力強いマッチョな仕事だと思っていた。ところが小藤さんの語る言葉に驚いた。いいものができるかどうかは、その日の自然次第。「光とか風とか自分自身とか、すべてのものが一体になったときに、とびきりいいものができる」。だから、この場所でないと鍛冶仕事ができないのだという。炉の中は750℃ほどになる見えない世界、焼入れは感覚だけが頼り。「今日の光と風はいい感じだ」。開いた窓から穏やかな風に揺れる木の葉が見えた。

出雲地方のたたら製鉄のはじまりは約1400年前。733年に書かれた『出雲国風土記』に、この地で生産される鉄は硬く、いろいろな道具をつくるのに最適だという記述がある。奥出雲地域に広く分布する花崗岩は真砂土と呼ばれ、良質な砂鉄が多く含まれていた。鉄穴流しで、土砂を河川に流して砂鉄を採取する仕草が、安来節のどじょうすくい踊りの由来ともいわれている。どじょうではなく、土壌から砂鉄をすくっていたのだ。港町・安来は、北前船が行き交う鉄の交易の拠点となり、職人や商人が集い、豊かな文化・芸術が暮らしに根づく地域となった。

鉄を鍛える直前に真っ赤になるまで加熱する洋也さん

鍛冶工房 弘光は、宿場町として栄えた広瀬町にあり、鉄の街道の面影が残る街並みを歩くのも楽しい。道に面した部分はギャラリーになっていて、昔ながらの鍛造技法でつくられた燭台や行燈などが並んでいる。その片隅で目を引いたのはフライパンだった。わ、この上で肉を焼いたらどんなに美味しいだろう、いや、パンケーキもいい焼き色がつきそうだ、などと妄想は広がるばかり。手に取ってみると、まるで月面のように神秘的。持ち心地もしっくりくる。

このフライパンはコロナ禍から生まれた。ステイホームの楽しみにと注文を受けたのがきっかけ。柄の部分は、刀の鍔を鍛造する時の持ち手を応用、フライパン部分は燭台の台座をつくる技術でつくられた。一つひとつ鉄の塊から焼き入れをしてたたいてつくられているので、プレスした量産品とは異なる温かみのある風合いと機能性を併せ持っている。

素材の状態に合わせて変える手づくりの道具が壁一面に並ぶ。左から息子の小藤宗相さん、女性初の鍛冶職人で娘の柘植由貴さん、10代目の小藤洋也さん、職人の三宅大樹さん
フライパンは島根の職人による組子・木工の鍋敷き、皮革フック、たわし、包む和紙のコラボセットも
製鉄の神・金屋子神に毎日作業の安全を感謝して仕事に入る。総本宮は安来市広瀬町の金屋子神社。女性の神さまで白鷺に乗ってこの地に舞い降りた
鍛鉄のフライパンは直径約21㎝、持ち手約17〜19㎝、IH調理器も可。1万6000円、コラボセット2万2000円(税別)

鍛冶工房 弘光

江戸時代のたたら操業からはじまる鍛冶工房。日本刀鍛錬の技法をもちい、木炭などによる鍛造にこだわり、手仕事の温かな風合いの鉄製品を製作。使ってこそ味わいを増す暮らしの道具をデザイン・製作し、オリジナルオーダーも可能。パリのメゾン・エ・オブジェでも高く評価された。

住所|島根県安来市広瀬町布部1168-8
Tel|0854-36-0026
営業時間|9:00〜17:00
定休日|不定休

たたら文化をもっと知りたい!
和鋼博物館

砂鉄と木炭でつくる日本の鉄・和鋼。炉に流し込んで玉鋼をつくる日本古来のたたら製鉄の歴史と文化を知ることができる唯一の博物館。伝統技術を受け継いだ最高級特殊鋼のヤスキハガネ製の包丁が買えるミュージアムショップ(守谷宗光)も。

住所|島根県安来市安来町1058
Tel|0854-23-2500
開館時間|9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日|水曜(祝日の場合翌日)
入館料|310円
www.wakou-museum.gr.jp

 

≫後編を読む

 
 

text: Hiroko Ishii photo: Sadaho Naito
2021年4月号「テーマでめぐるニッポン」


≫肥前吉田焼の伝統を革新する「224porcrlain」のクリエイティブ

≫シンプルなフォルムが映し出す、色の小宇宙「岩崎龍二のうつわ」というアート

≫出雲大社の魅力とは?出雲大社入門 

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