たたら製鉄が育んだ文化と御殿湯を求めて島根・安来市へ【後編】
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名城・月山富田城跡があることでも知られる島根県安来市。およそ1300年前に開湯し、歴代藩主の御殿湯として栄えた温泉や世界一の庭園を誇る美術館、西日本の三大絣のひとつとされた伝統の絣など、この地には訪れた者を心豊かにする要素が詰まっています。
訪ねた人・文
石井宏子(いしい・ひろこ)
旅行作家・温泉ビューティ研究家。年の半分は温泉旅に出掛けて取材執筆する。コロナ禍で散歩好きになり、温泉宿周辺をぶらぶら歩き出会いを楽しむ旅にはまっている。
見事な庭園を望む美肌の湯から
自分好みの藍染体験へ
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戦国時代に尼子氏が拠点とした名城・月山富田城跡があることでも知られる安来。さぎの湯温泉の開湯は1300年ほど前。歴代藩主の御殿湯として栄えた。源泉は50℃ほどあり毎分600ℓの豊富な湯量。「さぎの湯荘」も全館源泉かけ流し。泉質は含弱放射能−ナトリウム・カルシウム−塩化物・硫酸塩泉。柔らかな感触で、身体の芯まで温め、肌をしっとり潤す美肌の湯だ。庭の規模がその家の格を示すという土地柄、宿の庭園も見事だ。夕食は日本海の幸満載。境港に揚がる新鮮な魚介のお造りがすごい。朝は朝食を早めに済ませて、徒歩1分のところにある足立美術館へ。朝のすいている時間に手入れされた庭を眺め、喫茶室でコーヒーを味わうのが至福だ。
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広瀬絣についても知っておきたい。最盛期には西日本の三大絣のひとつとされた。いまも残る「天野紺屋」は1870年創業。糸染めを見学させてもらった。ここでは原料となる藍の葉を発酵させた「蒅」に、1割程度インジゴピュアを加える“割建て”の藍染液を使うのが特徴。体験で自分好みにストールを染めた。
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そして1950年創業「民芸そば志ばらく」へ。3代目が受け継ぎ地元の湧水で打つ手打ちそばを味わう。河井寬次郎に指導を受けてつくった店は「用の美」、民芸のある心豊かな暮らしを思い起こさせる安らぎ空間だ。
魅力あふれる!
安来のおすすめスポット
御殿湯と世界が認める庭園がある湯宿。
さぎの湯荘
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創業100年を機に古民家を移築して別邸をつくった。本館の部屋も次々と改装し、庭園を眺めるラウンジや露天風呂付きの部屋を増やした。代々主人が料理人も兼ねるという伝統があり美食宿としてファンが多い。田辺さんも調理師免許を持ち、うつわや酒にも詳しい。
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さぎの湯荘
住所|島根県安来市古川町478-1
Tel|0854-28-6211
料金|1泊2食付1万4000円〜(税・サ別)
世界一の庭園を朝一番に。
足立美術館
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約1000カ所の日本庭園を総合評価するアメリカの日本庭園専門誌で18年連続第1位を獲得。絵画や掛け軸のように庭を眺め、山や滝を借景に遠近感を楽しむ。北大路魯山人の陶芸や横山大観らの日本画コレクションも見事。
足立美術館
住所|島根県安来市古川町320
Tel|0854-28-7111
開館時間|9:00〜17:30、10〜3月〜17:00
休館日|なし ※新館のみ休館日あり
入館料|2300円
伝統をスタイリッシュに昇華する藍染紺屋。
天野紺屋
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5代目・天野尚さんは祖父から紺屋を引き継ぎ藍染暦20年。糸染めに加えて、布を染める型染め作家「青蛙」としても活躍。尚さんのセンスで服やバッグなどを染めてほしいという注文も増えている。父の天野融さんは郵便局長をしていたが、退職後、広瀬絣と広瀬木綿の織りをはじめた。子どもの頃から見ていた伝統の織物を継承したいという思いからだ。5年ほど前から藍染の道へ。縫製と店頭販売は母の君江さんが担当し、家族で営む温かな紺屋だ。
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手ぬぐい、Tシャツなどを藍染液へどぼんと浸し、60秒もんだら引き上げる。ぽんぽんと空気を入れると、魔法のように色が変わる。これを8回程度繰り返し色を深める
天野紺屋(あまのこうや)
住所|島根県安来市広瀬町広瀬968
Tel|0854-32-3384
営業時間|10:00〜18:00
定休日|不定休
※体験は2名から。10:00〜12:00(要予約)
河井寬次郎の世界を蕎麦で手繰る。
民芸そば 志ばらく
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元鉄道マンの先々代が大好きな蕎麦の修業をし、安来生まれの河井寬次郎のアドバイスで大正時代の建物を民芸の蕎麦店にした。昼から酒が飲めるとごひいきが多い。志ばらく名物割子いもかけ蕎麦は一杯310円、割子は3〜4杯が1人前。蕎麦愛あふれる寬次郎の書も楽しい。
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民芸そば 志ばらく
住所|島根県安来市安来町1887
Tel|0854-22-2311
営業時間|11:00〜21:00、日曜〜13:30
定休日|不定休
安来へのアクセス
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車|山陰自動車道安来IC利用
電車|東京駅から「寝台特急サンライズ出雲」でJR安来駅まで約11時間
飛行機|米子鬼太郎空港から車で約30分。出雲縁結び空港から車で約45分
text: Hiroko Ishii photo: Sadaho Naito
2021年4月号「テーマでめぐるニッポン」