髙橋禎彦さんの
「いつものワインを格上げするグラス」
高橋みどりの食卓の匂い
スタイリスト・高橋みどりさんがうつわを通して感じる「食」のこと。五感を敏感に、どんな小さな美味しさ、楽しさも逃さない毎日の食卓を、その空気感とともに伝える《食卓の匂い》。今回は流れるようなラインが美しい、髙橋禎彦さんのモールドグラスを紹介します。
高橋みどり
スタイリスト。1957年、群馬県生まれ、東京育ち。女子美術大学短期大学部で陶芸を学ぶ。その後テキスタイルを学び、大橋歩事務所、ケータリング活動を経てフリーに。数多くの料理本に携わる。新刊の『おいしい時間』(アノニマ・スタジオ)が発売中
毎晩のように食事にはワインがつきものである。夫婦揃ってのお酒好きは、日々の晩酌を楽しみにしている。その日の晩ごはんに似合ったお酒を考えるのも楽しいのだけれど、ここ数年は、「まずはワインで乾杯」からはじまる。晩ごはんの準備に時間をかけることはなく、店先にたくさん並ぶいまが旬と思える素材を、塩して焼くか蒸すか炒めるかのシンプルな料理ばかり。
そんな準備をしつつ、まずは常備している大好物のチーズ(それも特にハードタイプ)とサラミ(美味しいフランス、スペインのもの)などをカッティングボードに並べる。料理はできたそばからやや大ぶりのうつわ(好みとして)に盛るから、各自の取り皿を2枚ほど、そしてワイングラス、お箸かフォークを気分や料理内容に合わせて選ぶ。シンプルな料理ゆえに、この取り皿やグラスの組み合わせが食卓の気分を盛り上げる。
そこで今回はグラスの話。毎日のことだからワインは手頃なデイリーワイン。ナチュラルワインが中心で、軽めのものが好み。はじめてのときにはこの手の味には驚いたけれど、慣れてくるとむしろ骨格のしっかりとしたものよりは、普段の食にはするりと身体になじむ気がしている。
時に高価なものをいただいたり、記念日などに奮発したときには、薄手で大ぶりのステム付きのワイングラスで香りや色も愉しみ、味わう。この扱いで生まれるちょっとした緊張感も味のうちだ。よく使うグラスの主流は、フランスの古い吹きガラスの短いステムのもの。ちょっとぽってりとした雰囲気が気分も和み、和洋折衷な我が家の食卓(料理もうつわも)にもよくなじむ。
そんなグラスラインに、3年ほど前、新しい仲間が増えた。なじみのギャラリーへ行くと、白いテーブルの上にゆらゆらと美しい影を落とすグラスが並んでいた。クリアなガラスの表面は、畝を描いたラインが流れるようであり、まるで静かな音楽が聞こえてくるようなニュアンスを感じた。
思わず手に取ると軽くて、そのテクスチャーは手の中に気持ちよく収まる。「私はこれでワインをいただくのよ」という店主のひと言が決め手となり、いつもとは違うグラスを得た。
つくり手は髙橋禎彦さん、すでに40年あまりのキャリアある作家。以前はオブジェを多く手掛けていたが、ここ20年ほどは使うためのものが主流となっている。このグラスはモールドグラスと呼ばれ、宙吹きのガラスを鋳型に吹き入れて畝をつくり、さらに熱を加えながら成形。髙橋さんにうかがうと、製作の過程において素材をこねくり回さず、勢いをもって成形してゆくことを大切にしていると。
その並びから静かな音楽を感じたのは、機械生産からでは得られない、どれを取っても個性ある表情が響き合っていたから。 軽やかでニュアンスのあるこのグラスにワインを注ぐと、いつもの安ワインがエレガントさをまとうような気がする。さあ今日も乾杯の時間、一日の終わりのこの時間が一番好きだ。今日のチーズはフランス製のトム・ド・サヴォワ、最近のお気に入り。美味しいチーズとワインで今宵の時間がはじまる。
text&styling : Midori Takahashi photo : Atsushi Kondo
2019年5月号 特集「はじめての空海と曼荼羅」