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建築家・中村拓志の自邸
中編|真・行・草の美意識が息づく空間

2026.11.3
建築家・中村拓志の自邸<br><small>中編|真・行・草の美意識が息づく空間</small>

住宅からホテル、公共的な施設まで幅広い建築設計を手掛け、木とともに生きる佇まいと居心地を追求してきた建築家の中村拓志(なかむら ひろし)さん。長い年月をかけて構想し実現した自邸「巡礼の家」を通し、都市から森へと心身が還っていく、木の家の物語をひも解く。

中村拓志(なかむら ひろし)
1974年、東京都生まれ。鎌倉と金沢で少年時代を過ごす。明治大学大学院修了後、「隈研吾建築都市設計事務所」を経て2002年、「NAP建築設計事務所」を設立。現在、明治大学理工学部客員教授。代表作に「Ribbon Chapel」(2013年)、「狭山の森礼拝堂」(2014年)など。「ウェスティン都ホテル京都 佳水園」の改修(2020年)を手掛けるなど、近年は伝統建築や庭園文化の現代的な再構築にも取り組んでいる。

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〈真〉
厳格で格式高く整う、
直線的なかたち

「巡礼の家」の空間構成に一貫しているのは、書道や茶道で培われてきた「真・行・草」という思想だ。日本建築においては、空間の格式やしつらえの柔らかさを段階的に変化させ、人間が自然に近づいていくためのマナーであり、精神を同化させていくための哲学でもある。

陰影が際立つ硬質な佇まい
右)玄関アプローチ空間の角には光学ガラスを積層した開口部を設け、漆喰壁に直線的な陰影を映し出す。
左)檜皮葺きの内庇(うちひさし)を設け、自然と建築をつなぐ。天井高は最高で4.9m、軒先では3.0m。床材にはかつて料亭の庭先で使われていた石を譲り受けて再利用

アプローチからはじまる「真」の空間は、都市との境界であり、人の気持ちを引き締める厳格な世界だ。東京・日本橋で使われていた敷石という都市の象徴を踏み進み、天井高が4・9mに達し、檜皮葺きの屋根をもつ山門のような内庇がある内玄関へと至る。床にはかつて料亭の庭先で使われていた石畳が敷かれ、赤杉四方柾の角柱が厳かに佇む。そして壁面にはめ込まれた光学ガラスブリックの積層から差し込む直線的な光が、硬質でどこか聖的な緊張感を醸し出す。

四角の柱や檜皮葺き屋根で厳格さを表す「真」
右)内庇を支える柱には150㎜角、長さ3.15mの赤杉の四方柾材を用い、足元には京都・紅加茂川の束石を据えた。
左)内庇の屋根は檜皮(ひわだ)を1枚ずつ手作業で竹釘で留め、積層している

〈行〉
真と草の間をゆるやかに橋渡す、
崩し方にも品格を宿す型

土地の記憶を宿す縮景と柱が
内外をつなぐ

森と渓流を縮景で表した庭を望む寄り付き。手前には大振りな枝葉をもつ木を、奥には繊細な佇まいの樹木を配すことで、遠近感のある光景に。手前は霰こぼしの沓脱石

そこから一歩奥へと入ると、形式がゆるやかにほどけ、自然の気配が入ってくる「行」の空間へと移行。足元には職人が丸石を自然なかたちのまま組み合わせた「霰こぼし」の沓脱石が敷かれている。正面の大開口部からは、石積みと植栽が施された森の渓流の縮景が広がる。そして開口部そばに立つ八角形の柱が、家人や客人を迎える。

この森で伐採した杉を八角柱にした「行」
右)寄り付きの開口部脇に据えた八角形の柱は、敷地内で倒木の危険があった杉を伐採して製材したもの。
左)廊下と階段に続く床には、鉄媒染塗装を施したクリの無垢材を採用。木目が庭の渓流側へと伸びる

「この八角柱は、もともとここに生きていた杉の木です。柱として据え直すことで、木の命を次世代へと引き継ぐことにしました」と中村さんは語る。

〈行から草へ〉
人の心身を優しく解きほぐす
時間の移り変わり

ソファのコーナー部を至高のビューポイントとした、天井高最大4.8mの開放的なダイニングから見たリビング。暖炉が据えられたチタニウムトラバーチンの壁面は渓流の地層を想起させ、その上に美しい森の緑が広がる景色をつくる

さらに進むと、リビング・ダイニングへとつながる。ホワイトオークのフローリングにハンドスクレイプとブラッシングが施された、足触りのよい床が広がる。天井には北山杉の丸太垂木が梢のように連なり、天井や床の高さが変化していくことで、視線は奥の森へと導かれていく。そしてダイニングとリビングの間で床が2段上がることで、ダイニングにいる人とリビングのソファに座る人の目線が心地よく揃う。

「北側の開口からは、庭の築山で反照された光が庇裏と天井に沿ってじわりと入り、室内をほんのりと緑色に染め上げます」
 都市の直線的な時間から、自然の循環的な時間へ。真から行への道行は、人の心身を優しく解きほぐしていく。

〈草〉
自然のままに力を抜き、
最も自由に、行き着くかたち

森へと還る自由な空間
1階最奥部に設けた京間の四畳半の和室と、左手奥に続く文房。形式が完全に解かれ、森の原初へと帰依する「草」の思想を体現する。壁面は木節粘土による荒々しい土壁仕上げで、腰壁には手漉きの「西の内紙」を張り、左官の手仕事の質感を転写している

そして家の最も奥の森に近いエリアに至ると形式は完全に解かれ、森の原初へと帰依する「草」の世界へ。1階の和室と文房、その真上に位置する2階のライブラリーと書斎がその象徴だ。

自然素材で寛ぎの空間をつくる「草」
右)「草」の柱には丸太を用いて空間に安心感を与える。
左)和室の天井材は浮造を施した屋久杉、文房の天板には経年で飴色のつやが出る木曽産の天然アカマツ材を採用

京間の和室は、壁は荒い土壁で仕上げた。床の間には鳥海山の噴火で埋もれた神代杉の床框が据えられ、床柱には能登半島の輪島・白米千枚田で使われていたクリの稲架掛け棒を使用。文房の天井には、梅雨時期に伐採して森に寝かせ、あえて自然のカビをまとわせた「錆丸太」、「錆竹」も用いた。

右)緑に最も近い文房の掛け込み天井には垂木と小梁に錆丸太を用いた。天然のカビによるエイジングをまとわせたもの。
左)床柱には、自身の出身地である石川、輪島で使われていたクリの稲架掛(はざか)け棒を転用。床框には噴火で埋もれた神代杉を使用

「工業化され、交換可能な均一の商品だけで空間をつくるのではなく、その素材がもつ固有の物語や特性に、人間のほうが耳を澄まして合わせていく。それが自然との本来のつき合い方であり、“草”の空間に宿る優しさです」

森の梢に最も近い場所にある書斎は、和室と同じく荒壁仕上げ。緑を望む開口部には太鼓張り障子を設け、夕刻には風で揺れる木々の影が障子面に映る。所有していた本棚やデスクがチーク材でつくられていたため、空間もチーク材で揃えた。

アンティーク家具から発想し
チーク材による空間をつくる

ピーター・ヴィッツ&オーラ・ミュルゴー・ニールセンがデザインした本棚と、ハンス・J・ウェグナーのデスクを手掛かりに設計。床と階段のチークも家具から導かれた

片持ちのチーク無垢材の階段を上ると、そこにはアフリカ・マリ共和国のドゴン族の集会所で使われていた、手彫りの彫刻的な柱が佇む。天井高が低く、立つことができないその集会所の柱は、冷静な対話を促す役割をもっていたという。茶室の躙り口のように、頭を垂れながら窓を開く。その先にあるのは、森と対峙する空中の「腰掛け」だ。形式を完全に脱ぎ去り、自然の懐へと還っていく、自由で敬虔な空間がここにある。

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建築家・中村拓志の自邸
01|都市と森をつなぐ「巡礼の家」
02|真・行・草の美意識が息づく空間

text: Jun Kato photo: Toshihiro Sobajima
2026年9月号「木と生きる2026」

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