ビジュアルデザインスタジオ《WOW》
テクノロジー×デザインの力で
地域の文化を見つめ直す【前編】
「2025 大阪・関西万博」のパビリオン『null²』と『BLUE OCEAN DOME』のクリエイターチームへの参画をはじめ、企業のアートワーク、空間のインスタレーション、広告における多様な映像表現など、国内外で幅広く活躍するWOWが、地域とつながり続ける理由に迫る。
世界で活躍するビジュアルデザインスタジオが、
ローカルに目を向けるワケ

1700年代から続く刀匠の家庭で育つ。1997年に会社を設立し、ビジュアルデザインの社会的機能を果たすべく、映像の可能性を追求し続けている
独創的なアイデアと多彩な映像表現、創造的なテクノロジーを融合させ、世界を舞台にビジュアルデザインの新しい在り方を開拓し続けているWOW。1997年に設立された同社の物語は、宮城・仙台の地で幕を開けた。「宮城県は私が生まれ育った場所。テクノロジーを介して表現する、という想いは創業当時から変わっていません。テクノロジーだからこそ、東京ではなくローカルでも勝負できると考えました」と代表の高橋裕士さんは仲間たちと起業した時代を振り返る。

仙台オフィスは東北出身のメンバーが多く、現在は15名が所属。「郷土芸能や伝統工芸にまつわる方々とプロジェクトを行う際、東北地方の文化・風習に知見があり、誠意をもって向き合い続ける仙台オフィスのメンバーの存在は頼もしいですね」と東京オフィス所属のプロデューサー・稲垣拓也さん
2000年に東京、2007年にロンドン、2018年にサンフランシスコへ拠点を拡大するも、仙台オフィスをたたむ選択はしなかった。本社機能を移した東京に人材を集約させたほうが、効率や経営面での利点は大きい。しかしそれ以上に、仙台オフィスの存在による創造性を重んじたのである。

「私たちの根幹は仙台。それゆえ都市に気づかされることは多いですよ。都市と地方という二面性はWOWの特異性でもある。仙台オフィスのメンバーを中心につくった『BAKERU』はその好例ですね」と高橋さんが言うように、WOWのクリエイターはクライアントワークのかたわらオリジナル作品を制作しており、BAKERUもそのひとつであった。そしてBAKERUは一過性の作品にとどまらず、飛躍的な発展を遂げていく。
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再編集して次世代へ
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text: Nao Ohmori photo: Kenji Okazaki
2026年2月号「地域を変える企業」



































