沖縄の〈琉球料理〉を知る!
|沖縄の伝統文化 入門
首里城を中心に、約450年続いた琉球王国。琉球王国、日本、アメリカ、再び日本と、世が変わる中で伝え継がれてきた、多種多様な文化に触れてみたい。今回は琉球料理について、琉球料理ユネスコ無形文化遺産 登録推進委員会 委員長 新垣慶子さんにお話をうかがった。
琉球料理ユネスコ無形文化遺産 登録推進委員会 委員長
新垣慶子(あらかき けいこ)
沖縄大学地域研究所特別研究委員。病院管理栄養士として長年臨床に従事。沖縄県が認証する、伝統的な食文化の継承・普及を担う「琉球料理伝承人」でもあり、地域の食と健康問題に取り組んでいる。
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多種多様な行事料理

琉球料理には宮廷で発展した饗応料理、地元の食材を地元の調理法で食す庶民の料理、多種多様な行事料理がある。
首里王府を中心としたもてなし料理は御冠船料理と呼ばれ、はじめは冊封使の一行の料理人がつくっていたが、1800年代には包丁人(王府の料理人)が担当するようになり、中国の形式「満漢全席」を踏襲しながら独自に発展。薩摩侵攻後は、在番奉行をもてなすために格式高い日本料理を薩摩で学ばせ、免許をもつ包丁人を育てたという。
「そこには客人の好みを尊重し、もてなす精神“ウトゥイムチ”があります」と琉球料理ユネスコ無形文化遺産登録推進委員会委員長の新垣慶子さん。中国からもたらされた、あらゆる部位を上手に利用する豚肉料理は現代の食卓にも受け継がれる。

庶民の日常料理の根底には、食べることで病気を予防する「医食同源」思想がある。身近にある食材を工夫して食べる知恵は、地域の中で、親から子へと伝えられてきた。たとえばナーベラー(ヘチマ)ンブシー。ンブシーは炒めた食材を味噌で煮る調理法だ。
「ヘチマを炒めると甘い汁(ドゥージル)が出ます。野菜も少なく水も乏しい暑い夏に採れるウリ類は水分が多く、食べることで命をつなぐ“ぬちぐすい(命の薬)”です」
特別な日の行事食も独自のものがある。先祖供養の清明祭(シーミー)では、親族が墓前に集まり重箱料理を供え、語らうことで人と人、人と地域の絆をつないできた。
「時代が変わっても、ふるさとにある食を通してのつながり、『医食同源』の思想を大事にしたい。親や子どもたちに料理教室などを開催して食文化を伝える活動をしています。伝承の主体は地域の住民なんです」
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text: Ayako Arasaki photo: Yukiko Shiraki
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」





























