TRADITION

〈大弐三位〉
紫式部の娘は母の才能を受け継ぐ、恋多き女性?
百人一首の女流歌人図鑑

2024.7.16
〈大弐三位〉<br>紫式部の娘は母の才能を受け継ぐ、恋多き女性?<br><small>百人一首の女流歌人図鑑</small>

日本の美しい原風景や歌人たちの心を感じられ、古典を気軽に楽しめるツールでもある百人一首。平安を中心にこの時代の日本文学界は女性の活躍が目覚ましく、百人一首には21人の女流歌人が選ばれている。

大弐三位(だいにのさんみ)ときいて「ああ、あの人!」とわかる人は、道行く人100人に聞いてもそうはいないだろう。男か女かもわかるまい。しかしこの人の母親の名前を聞けば、多くの人が「知ってる知ってる!」と言うはず。そう、その親の名は……。

曾祖父、祖父、母に続く、文才あふれる一族の娘

一陽斎豊国「五十八番 大弐三位 (百人一首絵抄)」

大弐三位は、太宰大弐高階成章の妻で、従三位に叙せられていたことから、そう呼ばれるようになった女性。太宰大弐とは、大宰府の長官に次ぐナンバー2の次官を指す役職名であり、従三位とは本人が天皇より賜った官位のこと。この従三位以上は貴族の中でも上級貴族クラスの位だが、それもそのはず、彼女は彰子に仕えて、のちに彰子と同じく藤原道長の娘であった嬉子の子ども・後冷泉天皇の乳母となった女性なのだ。

彰子と言えば、紫式部が仕えた一条天皇の后。そう、紫式部こそこの大弐三位の母。母娘二人で彰子に仕えていたのだ。紫式部の祖父も文化人として名高い和歌の達人、父は漢詩の名人。彼らを曾祖父、祖父に持ち、さらに超人気作家の紫式部を母に持つ大弐三位は、当時の宮廷一の文化人家庭の娘だったのだ。

親譲りの文才を生かして、恋の達人に

豊国「小倉擬百人一首 大弐三位」

そんな大弐三位は母である紫式部が亡くなると、後ろ盾を失い寄る辺なき身の上になった。しかし母の書いた「源氏物語」は、母亡き後も大人気小説として宮廷人から愛されており、その人気がいわば彼女の後ろ盾となってくれた。母の人気のおかげだけでなく、大弐三位自身の豊かな才能もあって、彼女は将来の天皇の養育を任される重役に就任し、その後も宮廷で活躍し続ける。

パブリックでの活躍だけでなく、プライベートでもなかなか忙しかったようで、太宰大弐高階成章の妻となるまでにも、藤原道長の息子の頼宗や、権大納言の藤原公任の息子の定頼といった文系ハイソ男子、さらには源朝任のようなのちに検非違使別当に任ぜられるよう武官とも、その仲を噂される恋多き女性だったようだ。

悪者になりたくない男を流行り言葉でグサリ

大弐三位の百人一首に収められた歌は「有馬山 猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする」。後拾遺和歌集に収められている歌で、その詞書には「かれがれになる男の、おぼつかなく、など言ひたるによめる」と書かれている。愛情がだんだん枯れて来てあまり訪れなくなった男が、「私をお忘れではないでしょうか、心配です」などと、自分のことを棚に上げて言ってきたのに対して言い返してやった歌ということだ。

有馬山、猪名の笹原とふたつの地名で始まるこの歌。有馬山は摂津の国の有馬あたりの山、猪名の笹原はやはり摂津の国の河辺郡、猪名川の岸辺にあった笹原のことで、この場所で歌を詠んだ、男性と忍んで会ったということではなく、笹の葉が風でそよぐイメージを想起させて、そのあとに続く「そよ」という言葉を導く序詞として使われている。

歌の意味は「有馬山から猪名の笹原への風が吹き下ろすので、笹の葉がそよそよとそよぎます。そうです、そのように私はあなたのことを忘れなどするでしょうか。忘れはしませんよ」と、最後を反語表現で終わっている。この「忘れやはする」というのは、当時の和歌の流行語だったようで、「私はあなたを忘れてるわけじゃなくて、むしろあなたが私を忘れてるんじゃないかと……」などと、こちらに疎遠になる理由を押し付けてきた男に対して、笹の葉がそよそよなどというさわやかなイメージを使って「は? 私が忘れているとでも?」とグサリと言い返しているのだ。

大弐三位ゆかりの地
廬山寺

廬山寺にある紫式部と大弐三位の歌碑

この時代の女性の常として、生没年ははっきりしないが、和歌の会に歌を出しているといったことから考察すると、80歳くらいまでは長生きをして和歌を詠んでいたとみられている大弐三位。
彼女が幼少期を過ごしたのは、京都・廬山寺のあたりにあった邸宅だ。母・紫式部もそこで育ち、夫を迎えて娘を生み、源氏物語の執筆もしていた。

現在の廬山寺には平安朝の庭園をイメージした「源氏庭」が作られ、紫式部の邸宅址を記念する顕彰碑が建てられている。

廬山寺
住所|京都府京都市上京区北之辺町397
Tel|075-231-0355
https://www7a.biglobe.ne.jp/~rozanji/

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ライタープロフィール
湊屋一子(みなとや・いちこ)
大概カイケツ Bricoleur。あえて専門を持たず、ジャンルをまたいで仕事をする執筆者。趣味が高じた落語戯作者であり、江戸庶民文化には特に詳しい。「知らない」とめったに言わない、横町のご隠居的キャラクター。

百人一首の女流歌人図鑑

紫式部

小野小町

清少納言

大弐三位

photo=廬山寺、国立国会図書館デジタルコレクション、ColBase
参考文献=こんなに面白かった「百人一首」(PHP文庫)、百人一首 解剖図巻(エクスナレッジ)、百人一首(全)(角川ソフィア文庫)、廬山寺ウェブサイト

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