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発酵デザイナー 小倉ヒラクさんが推す日本酒
発芽玄米酒むすひ
|私が夏に飲みたいお酒③

2024.7.12
発酵デザイナー  小倉ヒラクさんが推す日本酒<br><small>発芽玄米酒むすひ<br>|私が夏に飲みたいお酒③</small>

太陽が燦々と照らし、汗が滴る日本の夏。酒を飲みたくなるときもきっとあるはず。ビール、日本酒、スピリッツ、ワイン、焼酎……。酒のスペシャリスト6名がこの夏に飲みたい名酒を語ります。
 
今回は、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが登場。人生で最も飲んだという日本酒を紹介します。

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小倉ヒラク(おぐら ひらく)
発酵デザイナー。発酵食品の専門店「発酵デパートメント」を東京・下北沢にオープン。著書に『発酵文化人類学』、『日本発酵紀行』など、新著に『アジア発酵紀行』がある

人生で最も飲んだ、真夏の活力酒

発芽玄米酒むすひ

湿った熱の逃げ場がない、苦しい日本の夏。冷房もない江戸時代、真夏に衰弱死する老人や病人、子どもが後を絶たなかったという。暑さにやられて食欲が出ない、やがて栄養失調になる。そんなリスクを防ぐのが、麹で造った甘酒だったそうだ。
 
クラシックな短歌の世界では、甘酒は夏の季語である。灼熱の日中に、甘酒売りが通りに行商にやってくる。水分補給はもちろん、人間が消化しやすい糖分やビタミンがたっぷり含まれた甘酒は現代でいうところのスポーツドリンク、あるいは経口補水液のようなものだったのだろう。
 
麹の液体には、酷暑を跳ね返す力があるのだ。
 
さて今回の特集は「夏酒」である。僕が人生で最も飲んだ酒(少なくとも100本は空けている)を紹介しよう。
 
僕が住む山梨の平野部の夏は、まるで虫眼鏡で焼かれる虫の気持ちになる盆地の灼熱地獄だ。そんな中、仕事を頑張った夕方に飲んで元気を出したい酒がある。「寺田本家」の「発芽玄米酒 むすひ」。江戸時代の甘酒のごとく、弱った身体に活力をもたらす酒だ。
 
さてこのむすひ。知る人ぞ知る、特殊極まりない製法の酒なのである。まず精米歩合100%、まったく削られていない玄米で造られている。現代の標準的な日本酒は最低30%以上米を削り、表面のたんぱく質やビタミン、ミネラル類を取り除いてしまう。それによって雑味のない、透明でさらりとした酒になる。
 
しかし、むすひ。たんぱく質、ビタミン、ミネラル。雑味丸出しである。だが「夏の甘酒」を思い返してほしい。別の視点で見てみれば、これは「栄養たっぷり」ということではないか!
 
むすひは寺田本家のある千葉・神崎町の田畑や蔵にすむ野生の微生物の働きで発酵させる。とりわけ乳酸菌の発酵による酸味の主張がスゴい。玄米の食物繊維をはじめとするむき出しの穀物成分のせいなのか、ヨーグルトのような上品な酸味ではなく、お漬物のような、どう考えても通常の酒には存在しないはずの食べ物っぽい酸味が味の中心にドン! と居座っている。
 
さらにこの酒はろ過(酵母を取り除く)も火入れ(発酵を促す酵素の働きを止める)もしていない。瓶の中ではまだ発酵が進んでいる。すなわち酵母のつくるガスが充満しているのだ。この酒を何も知らない者が開栓しようとすると、泡が吹き出して下手したら1/3くらいの酒が吹きこぼれてしまう。そうならないためにはどうするか。まず冷蔵庫でよく冷やす(液体が二酸化炭素を閉じ込めやすくなりガス圧が下がる)。そしてゆっくりと隙間からガスを逃がすようにしてキャップを開けていく。ガスが逃げるとともに酒の表面から酵母の泡がシュワシュワとせり上がってくる。
 
キャップを開け締めしながらじっと発酵の泡を見つめていると、衰弱した身体の奥から活力がわき上がってくる。酵母、頑張ってんな。オイラも、頑張るからよ。そしてコップにシュワシュワはじける冷たいむすひを注ぐ。甘酒のような食欲をそそる淡い黄色。口に含むとたくあんのような酸味。その奥から玄米の旨みがジュワッと滲み出てくる。これはシャンパンと漬物とおにぎりを同時に味わう稀有な体験である。もはやウマいとかマズいとかいう次元ではない。コップ一杯飲み干すたびに、身体が喜んでいるのがわかる。飲め、生きろ。微生物たちの声が聴こえる。米は、麹は、酒は生きる力なり。

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発芽玄米酒むすひ
価格|1650円/720㎖
原材料|コシヒカリ
精米歩合|100%
日本酒度|-10〜-35
酸度|7〜17
アルコール度数|7〜12度
問い合わせ|寺田本家
Tel| 0478-72-2221
www.teradahonke.co.jp
※一時売り切れでお待たせする場合があります。

illustration: Kako Kuwayama
Discover Japan 2024年6月号「おいしい夏酒」

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