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伊達政宗×小野川温泉
骨折でリハビリ中にも油断なし!
|あの武将の温泉好きエピソード③

2024.2.26
伊達政宗×小野川温泉<br><small>骨折でリハビリ中にも油断なし!<br>|あの武将の温泉好きエピソード③</small>

戦国時代の名将にも温泉を愛し、湯に癒しを求めた人は多い。戦いの合間に彼らが温泉地で過ごした逸話あれこれをピックアップ。
 
今回は、骨折した伊達政宗が痛めた足の療養で訪れた小野川温泉を紹介する。

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伊達政宗(1567-1636)
伊達氏第16代・伊達輝宗の子。東北地方のほぼ南半分を制したが、秀吉の関東攻略にあたって服属。江戸時代に初代仙台藩主。幼少期に右目を失明、後世に「独眼竜」と呼ばれる

小野川温泉
山形県米沢市小野川町。9世紀に小野小町が発見したという伝承をもつ。化粧水に使用されているメタケイ酸を多く含む優しい泉質

奥州の戦国大名・伊達政宗も、温泉との結び付きが強い大名だ。その政宗といえば、晩年に治めていた仙台(宮城県)の英雄としてよく知られているが、もともと彼は羽国(山形県)米沢の生まれ。その米沢の名湯・小野川温泉にもゆかりがある。『伊達天正日記』などによれば、1589(天正17)年旧暦2月26日、当時23歳の政宗は米沢城下の谷地小路を移動していたが、乗っていた馬がいきなり暴れ出した。とっさに飛び降りたものの、その拍子に左脚のくるぶしを痛めてしまった。どうやら骨折してしまったようだ。政宗はしばらく療養を余儀なくされ、どうにか落ち着いた後、領内の小野川温泉へ向かった。湯に浸かり、痛めた足を癒すのに専念していたが、その間も家臣と戦の策を練っていたという。政宗が骨折で動けないという情報が広まるや、岩城氏や相馬氏など敵対する大名が侵攻を試みるなど、予断を許さぬ状況だった。戦国大名たるもの、のんびりしてばかりはいられなかったのだ。

足の骨折は本当だった?
政宗が本当に左脚を骨折していたのは、実は科学的調査からも判明している。1974(昭和49)年、仙台にある瑞鳳殿(政宗の墓所)の改修の際に政宗の遺骨が掘り起こされ、その調査が行われた。それによると政宗の身長は159.4㎝(当時の平均的な身長)で、 血液型はB型だったと判明した。左足の腓骨(ひこつ)には変形したまま癒着した跡、つまり骨折した痕跡がしっかり残っていたという。遺骨から骨折や療養生活が確かだったことが判明した貴重な例だ

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text:Tetsuya Uenaga illustration: Minoru Tanibata
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