森林総合研究所に聞く
木の空間と香りがもつ
“6つ”のチカラとは?
私たちの生活を取り巻く“木”にはどのようなチカラがあるのか。森林、林業、木材産業に関する研究を行う森林総合研究所の松井直之さん、松原恵理さんに聞きました。
松井直之さん
1997年より在籍。樹木を構成する高分子リグニンの生合成を研究し、農学博士を取得。専門は樹木化学。木材に含まれる抽出成分、精油成分の特性、機能などについて研究を行う
松原恵理さん
2013年より在籍。修士まで養護教諭養成課程で学んだ後、森林資源科学専攻にて農学博士を取得。現在、内装の木質化や樹木の香りが人の心身に与える影響に関する研究を行う
森林を歩くと、五感を解き放つような心地よさに抱かれる。それは木々の色彩や木漏れ日など多様な要素によるものだが、風に乗って漂う香りの影響も大きい。
「〝森林の香り〟の正体は、植物が放つ化学物質の『フィトンチッド』。1930年頃に植物の抗菌作用を発見したロシアの生物学者ボリス・P・トーキンが命名したものですが、その後の研究でフィトンチッドは抗菌以外に、防虫、殺虫、リラックスなど、さまざまな効果をもつことがわかってきました」と、森林総合研究所の松井直之さんは話す。フィトンチッドは水蒸気蒸留法により、樹木等の植物から精油として抽出できる。芳香浴やマッサージなどは、精油の活用法の最たる例といえよう。
木の効能は香りだけにとどまらない。同研究所の松原恵理さんは、近年推進されている建物の木質化にも触れ、「リラックス効果、不眠症状の緩和、免疫力アップ、調湿作用、ダニの防除など、内装の木質化による多くの効果が実証されています。木材の利用は、環境への負荷軽減や森林資源保全にもつながるため、積極的に活用したいですね」と語った。
木が生物に及ぼす効果の研究ではまだわかっていないことも多く、今後ますますの進展が期待される。同研究所では現在、木を原料にした酒の開発なども進めており、木がもつ可能性は計り知れない。
Q1.実際、木にはどんな効果があるの?
A.癒し効果はもちろん、樹種によって「消臭」や「防虫」なども
樹種ごとに香りや効果などに違いはあるが、一般に木の香りは心身をリラックスさせるという点は共通している。さらに空間に木材を用いると、心地よさや落ち着きといった印象を与えるという。
<木のもたらす代表的な効果>
断熱
木材は多孔質のハニカム構造により、断熱性が高く、熱伝導率が低い、優れた資材だ
癒し
木材の香りでストレスが抑制され、血圧が低下したという報告もある。香りだけでなく木材への接触によって、癒し効果も確認されている
消臭・抗菌
木材は悪臭成分を吸着する消臭効果をもつ。針葉樹の精油には、高い抗菌効果もある
防虫
木の床はダニの数を減少させ、木材の香り成分でダニの行動抑制効果をもたらすという
調湿
木材は吸放湿作用をもつため、室内の湿度をある程度一定に保ってくれる
緩衝
木材のハニカム構造は弾性という性質につながるため、衝撃力緩和効果も発揮する
◎針葉樹の香りは効果大!?
木の香りは、含まれる油分(精油)によるもので、針葉樹は広葉樹と比較して精油の量が多い。針葉樹の精油には、抗菌・殺菌作用や免疫力を高める効果があるものも知られている
Q2.木が身体にいいってホント?
A.「睡眠の質」改善や「免疫力」UPを実証!
年齢、性別、生活習慣などを問わず、木材を使った内装や家具を寝室に取り入れている人ほど、寝室で精神的な安らぎを感じ、不眠症の疑いが少ないという調査結果が報告されている。また、都内で働く30〜60代の男性に、ヒノキの精油を揮発させた室内で3日間睡眠をとってもらう調査では、免疫細胞のひとつであるナチュラルキラー細胞が活性化。ストレス時に分泌されるノルアドレナリンは低下していた。このような近年の研究で、人体の免疫系への働きかけが徐々に明らかになっており、風邪の予防などにも木を生かせる期待がもたれている。
参考 : Morita E, et al. Association of wood use in bedrooms with comfort and sleep among workers in Japan: a cross-sectional analysis of the Sleep Epidemiology Project at the University of Tsukuba (SLEPT) study. J Wood Sci 66, 10 (2020).
Q3.木の成分が作用するのは生き物だけ?
A.「地球温暖化」そのものにもよい影響あり
樹木は二酸化炭素を吸収し、炭素として貯蔵しているため、建物に木材を使用することで二酸化炭素の排出を抑制し、地球温暖化防止につながっていく。さらに木材は鉄やアルミニウムと比べて、製造や加工に使われるエネルギーが極めて少ないのもメリットだ。
Q4.樹種による違いは?
A.特性も活用方法も千差万別
木の主要成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)は共通するが、樹種によって微量に含まれている抽出成分に違いがあるため、香りや効果が異なる。
トドマツ
葉から抽出した精油は、二酸化窒素浄化作用がとても高く、空気浄化力に優れている。油分を搾りきった葉の粉末は悪臭も消臭する
ヒノキ
日本人の心を落ち着かせる、爽やかなヒノキの香り。まな板に珍重されるのは、抗菌・防カビ効果が高く、速乾性に優れているから
クロモジ
高級楊枝で知られるクロモジ。芳香性や殺菌性の高い精油成分が樹皮に含まれているため、樹皮を付けたまま楊枝として加工される
スギ
日本で最も多く生育している樹種がスギ。心身をリラックスさせるほか、殺菌作用など、さまざまな効果をもつとされる
シラカバ
割り箸や爪楊枝の原材料として多用されている。その理由は、ほとんど味がしないため、食べ物の味に影響がないからだそう
ヒバ
精油の抗菌性が非常に高く、シロアリよけのほか、ダニや蚊などの防虫剤としても効果を発揮。雑菌から発生する悪臭を防ぐ作用も
◎同じ木でも根、幹、葉で成分が違う!
同じ樹種でも部位ごとに成分は異なる。特に幹と葉、それぞれから抽出した精油の成分に違いが大きく、葉のほうが揮発性が高い。廃棄されるケースが多かった葉は現在、活用法を見出す研究が進行中
Q5.なぜ日本人はヒノキが好きなのか?
A.香りが「DNA」に刻まれているから!?
国の文化的背景により木材の香りの好みは異なり、日本人はスギやヒノキの香りを特に好む。それはヒノキ風呂に代表されるように身近な樹種だから。いわばDNAにすり込まれているのかもしれない。
Q6.より木を効果的に空間に取り入れるなら?
A.約50%木質化を目指したい
内装に木材を使用していない部屋と木質化率45%以上の部屋では、後者のほうが深睡眠時間が長く、日中の作業効率も高くなる傾向が見られるという。木材の配置や色合い、仕上げなどによっても少し傾向が変わるが、バランスがいいのは木質化率50%だとか。
読了ライン
text: Nao Ohmori
Discover Japan 2023年9月号「木と生きる」