《マキノジン》誕生物語
牧野富太郎博士へのオマージュを込めたクラフトジン
高知に生まれ、日本の植物分類学の基礎を築いた牧野富太郎博士。2023年春にスタートするNHK連続テレビ小説『らんまん』の主役のモデルであり、俳優・神木隆之介さんが演じることでも注目されている人物だ。そんな博士の名を冠したジンが高知にある。マキノジンがどのようにして誕生したのか、開発に携わる名バーテンダーと名酒蔵の二人を訪ねた。
牧野富太郎博士とは?
1862年、高知・佐川町の造り酒屋の跡取り息子として生まれる。幼い頃から自宅の裏山で草木と過ごしていた牧野少年は、独学で植物の知識を得て22歳で上京。90歳まで日本各地をめぐる。94年の生涯で新種や新品種など1500種類以上の植物を命名。収集した標本は約40万点。精緻を極めた牧野式植物図は世界に驚きを与え、その植物図を用いた植物誌はいまも日本最高峰とされる。博士の構想を取り入れた高知市五台山にある「高知県立牧野植物園」はぜひ訪れたい。
高知の名バーテンダーと名酒蔵の熱い想いの結晶
マキノジンのラベルに描かれているのは牧野富太郎その人。自らを「草木の精」と称し、94年にわたる生涯を植物研究に捧げた植物学者である。ジンのキーボタニカルには、博士が発見したササで、妻の寿衛の名から取った「スエコザサ」が使われている。
開発したのは、高知の「ダンディズム土佐BARクラップス」のオーナーバーテンダー・塩田貴志さん。蒸留とボタニカルについて学び、インフュージョンというバーテンダーの技を生かした蒸留酒をつくりたいと考えたのが開発のきっかけだったという。ちなみにインフュージョンとは、ベースの酒にハーブや果実などを漬け込み、その風味や香りを移すテクニック。「高知初のクラフトジンを造り、世界一のジンに育てたい」。塩田さんの熱い想いに共感し、開発に向けてともに歩んだのが、400年の歴史がある酒蔵「司牡丹酒造」の社長・竹村昭彦さん。蔵がある佐川町は牧野博士が生まれ育った土地である。
ベースの酒に選んだのは司牡丹酒造の清酒取り焼酎「大土佐」。漬け込む素材は、牧野博士が名づけたスエコザサに加え、有機栽培で栽培している「南国にしがわ農園」のグアバの葉と果皮、高知を代表する酢みかんであるブシュカンの果皮、白檀のような香りがするカヤの木の削り節(カヤの将棋台をつくる工場が高知にある)と、高知ゆかりのボタニカルが中心。ほかに、ジンに不可欠なジュニパーベリー、ショウガやハーブなど全12種類を用いている。
使う蒸留器は、司牡丹酒造の倉庫の片隅で10年以上眠っていたもの。塩田さんは、この蒸留器を前にして「世代を超えてよく残ったなと思いました。これは古いがポンコツではない、鉄人28号のようだ」と奮い立ったという。昨今の蒸留器は銅製のハイブリッドがスタンダード。でも、この旧式でハイブリッドに勝てたらと土佐人魂に火がついた。銅は銅イオンで不純物を吸収する。ステンレスの旧式がそれに勝つには不純物を最初から取り除けばいいと、旧式蒸留器との対話を続けた。
マキノジン、初の蒸留の日。ボタニカルを漬け込んだ焼酎を加熱し、最初の液体が出てくるまでの1時間ほどがとても長く感じたという二人。ノージングしながら様子をみて、最終的にアルコール度数が60度ぐらいになった原液に、仁淀川水系の水を加えて45度に調整。蒸留後はタンクで寝かせ、瓶詰めして40日ほど熟成させる。
出来上がったジンを口にして、「高知のイメージそのものですね」と竹村さん。酢みかんならではの爽やかさ、晴天率・降雨量が日本でトップクラスという高知の太陽と木々の生命力、南国らしさを感じたという。塩田さんは「トップノートはシトラスフレーバー。ミディアムはオリエンタル。フィニッシュはスパイシーで刺激的な香りに仕上がりました」とバーテンダーの顔に。ドライでありながら、余韻がゆるやかに長く続く。食中酒として最適なジンが完成した。
牧野博士や高知ゆかりの
ボタニカルを使用
マキノジンに欠かせないのは、牧野博士が妻の名を冠したスエコザサ。ササは漢方でも生薬として使われているものだ。オリエンタルな風味を醸すのは、高知の太陽が育むグアバの葉と果皮。ブシュカンは熟す手前の香りがよく酸が強い時期のものを使用。スエコザサはこれらの個性の強い植物をまろやかにまとめ上げる。
マキノジン
価格|3200円(2022年12月現在)
text: Yukie Masumoto photo: Yoshihito Ozawa
2023年1月号「酒と肴のほろ酔い旅へ」