世界が注目! あたらしい仕事をつくる人「ひと目で“千原”を認識させる」
アートディレクター兼グラフィックデザイナーの千原徹也さん。手描きのイラストや、文字と写真の組み合わせによる鮮やかな広告写真など、心躍らせる美しいアートワークで街中や誌面を彩る、変幻自在な千原さんの仕事術に迫る。
アートディレクター/グラフィックデザイナー
千原徹也
(ちはら・てつや)
1975年、京都府生まれ。広告代理店、ファッション関係のデザイン事務所などを経て、2011年に「株式会社れもんらいふ」を設立。企業広告、CDジャケット、エディトリアル、ウェブ、映像など幅広い分野のデザインを手掛ける。近年の仕事に、『装苑』、『ウンナナクール』、桑田佳祐『がらくた』、『吉岡里帆カレンダー』などのアートディレクション。「れもんらいふデザイン塾」主宰
文:加藤孝司 / 写真:中村彰男
※この記事は2019年5月7日に発売したDiscover Japan6月号 特集『天皇と元号から日本再入門』の記事を一部抜粋して掲載しています。
夢や憧れと仕事は別だと思っていた日々
手描きのイラストや、文字と写真の組み合わせによる鮮やかな広告写真。街中や雑誌などで誰もが目にしたことのある、あのイメージを手掛けるのが、れもんらいふ代表の千原徹也さんだ。
かわいいと新しいを組み合わせてつくられるアートワークは、見る者に楽しい気持ちを抱かせるワクワク感にあふれている。
もともとは、映画の仕事をしたいと思っていた千原さん。中でも映画のポスターやタイトルバックに惹かれ、グラフィックデザイナーのソール・バスに憧れて、地元・京都のデザイン会社で働くように。
「6年間、マクドナルドのチラシ裏面にあるクーポンのデザインだけをやっていました。文字チェック、字詰めなど、グラフィックの基礎は、ここで学びましたね」
「夢も希望もなかった27歳、佐藤可士和さんの作品に出合い、デザインの概念がすべて狂った」
働くことに対して夢や希望はもたず、憧れと仕事は別だと思っていた千原さんだったが、27歳のとき、クリエイティブディレクター・佐藤可士和さんが手掛けたSMAPの広告に出合う。
「これが広告なんだと衝撃を受けました。それまでは、美大で特殊な考えを学んだり、技術力が必要だと思っていたので、発想がよければおもしろいことができると、デザインの概念が狂いましたね」
その勢いで上京し、広告系の企業に就職。だが激務に追われる毎日に、逃げるように京都へ戻った。しかし、友人には、東京で活躍すると期待していたのに見損なったと言葉を受ける。
「悔しかったですね。ただ、当時は、家と会社の往復だけで東京を何も見ていなかったので、憧れだった場所を知るつもりでもう一度東京に戻りました」
大手広告会社の地獄の日々を経て入ったファッション関係のデザイン会社で転機を迎える。
「ファッション広告は、写真にブランドロゴを載せて完成。最初は、何がいいかわからなかったのですが、背景を追っていくとそこに意味があると気づきました。そして、自分に一番近いグラフィックだとも思いました」
その頃に知り合った女優・菊地凛子さんから、自身のウェブサイトのデザインの依頼を受ける。プレゼンには、菊地さんが住んでいたNYまで自費で足を運んだ。
「凛子さんのモードなファッション写真に、手描きのイラストやタイポグラフィを入れてかわいくしたんです。凛子さんの友人で、NYのクリエイターたちもいいねと言ってくれました」
クールな写真にタイポグラフィや絵をのせて“中和”する作風は、その後の千原さんのスタイルとして確立。後のアートディレクションの仕事につながっていく。
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Discover Japan6月号 特集『天皇と元号から日本再入門』では、通常見ることができない天皇即位儀式にまつわる事柄の紹介から、どんな天皇が歴史をつくってきたのか? 日本の歴史の流れを紐解く企画まで、一冊で天皇について語れるようになる、さまざまなトピックを収録しています。