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鹿児島《ある町医者の記念館/南の家》
建築家・堀部安嗣のデビュー作品
|体験できる近現代名建築

2026.5.13
鹿児島《ある町医者の記念館/南の家》<br>建築家・堀部安嗣のデビュー作品<br><small>|体験できる近現代名建築</small>

既存の建築を生かしつつ、用途を変化させて活用する「コンバージョン」。育まれてきた歴史と現在の営みが重なる空間に滞在することで、その地域の風土に出合う。そんな建築の再生・活用事例を建築史家の倉方俊輔さん監修のもとご紹介。今回は、鹿児島県にある「ある町医者の記念館/南の家」を紐解いていく。

文=倉方俊輔
大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築イベント「東京建築祭」の実行委員長を務めるなど、建築の価値を社会に伝える活動を行う。『建築を楽しむ教科書』(ナツメ社)など著書多数。

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まちに開かれ、人に寄り添う

「ある町医者の記念館」は、曲線の形状と、漆喰塗の白色が特徴的な外観をもつ。石塀は、かつて診療所の塀に使用されていた石を積み直したもの

鹿児島県北部、川内川流域に広がるさつま町求名ぐみょう。かつて町の暮らしを支えていた診療所があった隣地に、白い蔵のような建築が建っている。地域医療に尽くし、「赤ひげ先生」と慕われた医師・前原則知の歩みを伝える「ある町医者の記念館」だ。長年使い続けられてきた質実で簡素な医療道具や、診療所に置かれていた家具が、柔らかな弧を描く展示室に収められ、訪れる人は、この地に積み重ねられてきた時間と向き合うことになる。

記憶をつなぐ空間
筒を寝かしたような形状が特徴的。内部の壁や天井には、漆喰塗と砂漆喰塗がそれぞれ用いられている。室内には医師の愛用品のほか、多くの本も設置され、ライブラリー的な役割も担っている

室内は漆喰で統一されているが、仕上げは一様ではない。曲面の壁から天井、楕円形の展示室には漆喰塗が用いられ、直線の壁や天井には砂漆喰塗が施されている。白の中に肌理きめの違いが現れ、空間に奥行きがもたらされる。展示室の窓は南側の庭に立つ大きな楠へと向けられ、内部と外部は穏やかにつながる。建築は展示物を囲い込むのではなく、医師が過ごしてきた時間と周囲の環境に気持ちを赴かせる場として機能している。

開放感のある木造住宅
週末住宅として建てられた「南の家」。居間の天井は低くなっているが、大きな開口部があることで、開放感のある空間を実現している。雨戸や網戸を内蔵収納できるサッシなど、細部のしつらえにも注目

隣接して建つのが「南の家」である。屋根は低く抑えられ、形態は直線的で、黒く塗られた木材の表情が際立つ。記念館とは対照的な見た目だが、内部に身を置くことで、共通する考え方に出合うことができる。屋根のかたちがそのまま室内の輪郭を定め、大きな開口部によって外部との関係を調整する点に、両者を貫く設計の姿勢が表れている。こちらも同じ1995(平成7)年、前原医師の子息の住まいとして完成した。

この2つの建築を手掛けたのが、建築家・堀部安嗣氏である。後に人の居場所に向き合う設計を重ね、評価を高めていく建築家にとって、これらはデビュー作にあたる。現在、記念館と南の家はさつま町に寄贈され、保存と活用が進められている。記念館は収蔵・展示の場として、南の家は宿泊のための場として開かれ、建築を体験する機会を生んでいる。滞在を通して、時間と環境の広がりに思いを馳せる設計者の気配りが、自然と浮かび上がる。

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上)正方形の平面の内部に楕円形の壁を立て、展示空間を穏やかに二分する構成。
下)宿泊できるので、周辺環境や木の素材の感触をしっかり体験できる

〈概要〉
鹿児島県さつま町求名で活躍した医師・前原則知の遺品を収蔵・展示する記念館、住宅として、1995年に竣工した建物。建築家・堀部安嗣氏のデビュー作。

〈建築データ〉
竣工年|1995年
設計|堀部安嗣
構造形式|コンクリート造、木造

〈施設データ〉
住所|鹿児島県薩摩郡さつま町求名3335
宿泊・見学予約|https://reserva.be/minaminoie/about

text: shunsuke kurakata 写真提供:堀部安嗣建築設計事務所
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」

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