木造の空間を見る極意とは?
新たな建築の世界が見えてくる!
|恒松祐里と倉方俊輔の空間探訪②
恒松祐里さんと木にまつわるエピソードを交えながら、木造空間の魅力や建築めぐりが楽しくなるポイントを建築史家・倉方俊輔さんがレクチャー。日本の名作 木の居住空間のについても解説。
建築史家・倉方俊輔(くらかた しゅんすけ)
大阪公立大学大学院工学研究科教授。日本近現代の建築史の研究と並行して、建築イベント「東京建築祭」の実行委員長を務めるなど、建築の価値を社会に伝える活動を行う。『建築を楽しむ教科書』(ナツメ社、9月刊行)、『京都 近現代建築ものがたり』(平凡社新書)など著書多数。
俳優・恒松祐里(つねまつ ゆり)
『ひとりでしにたい』、『ガンニバル シーズン2』、『きさらぎ駅 Re:』、『全裸監督 シーズン2』など、数々の話題作に出演。映画『消滅世界』が今秋公開予定。アミューズの新人俳優発掘オーディション「私が撮りたかった俳優の原石展」のアンバサダーを務める。
空間を生み出す仕掛けに迫る!
倉方 恒松さんは建築を見るまなざしが的確だと感じたのですが、建築はお好きなんですか?
恒松 子どもの頃から建築を見るのは好きでした。私の母方の祖父が大工さんで、建物を見ると構造を解説してくれるんですよ。そんな影響があるのかもしれません。
倉方 大工は頭の中に立体の図面が入っていないとできない仕事。中の構成が見えているんでしょうね。
恒松 祖父母の家も祖父が一人で建てた木造一軒家で、建てる工程を見学しました。しかも2回建てていて、1軒目の家は花重さんのように柱がむき出しになっていて味がありました。遊びに行くと柱をまっすぐ削るお手伝いをしたり、余った木でまな板をつくってもらったり、木は身近な存在でした。
倉方 日常的に木造文化に親しまれてきたんですね。
恒松 古い建造物で撮影する機会も多いですし、もっと建築に詳しくなりたいです。先生は木の建築のどんなところに魅力を感じられますか?

倉方 内と外の空間の関係性でしょうか。前提として、木造建築は基本的には柱や梁といった軸組で支えられているので、壁はあってもなくてもいいし、柱だって大工の技術があれば、ある程度取ることができる。れんがや鉄筋コンクリートだと柱を気軽に取るなんて構造的にあり得ませんが。
恒松 木造は自由度が高いんですね。
倉方 はい。自由であることは木造建築の最大の利点で、仕切りが自由に立てられるので、内と外という関係をつくりやすい。兼好法師の『徒然草』には「家の作りやうは、夏をむねとすべし」とありますが、夏が暑いという気候風土もあって、日本の木造建築は風や光が通る透過性のある空間になっています。部屋に入って心地いいなと思えるのは、光を柔らげる障子や、内と外をゆるやかにつなぐ縁側などがあるから。そういった内から外へ空間が移ろっていく仕掛けを見つけることができると、おもしろいなって思うんです。
恒松 たまに、木でつくられている日本風の建物なのに、違和感を覚えることがあるのですが、これはなぜ起こるのでしょう?
倉方 それは空間がないからです。
恒松 表面的ってことですか?
倉方 そう、奥行きがない。格式のある奥の空間から外に向かってゆるやかに変化していく空間構成にこそ、日本建築の極意がある。床の間があるからといった視覚的な話ではないんです。日本で長年暮らしていれば、それなりに建築を体験しているから違いを感じられるんだと思いますよ。
木のさまざまな生かし方や味わいとは?

恒松 なるほど。空間構成以外に、木造建築を見るときに注目すべきポイントはありますか?
倉方 木のさまざまな生かし方や味わいに注目してほしいです。これまでは伝統的な和の木造空間について話をしてきましたが、日本には木造の洋館も数多く残されています。ウィリアム・メレル・ヴォーリズという近江八幡を拠点に数々の建築を手掛けた建築家がいました。彼の建物はヴォーリズ建築と呼ばれファンが多いのですが、愛されている理由は使い手への心遣い。階段の手すりや戸棚、建具なども使うほどに愛着がわくように細やかに設計されていて、木がもっている人間に対する柔らかさをうまく生かしている。モダニズム建築の代表的な建築家アントニン・レーモンドの木の使い方もユニーク。中禅寺湖にある旧イタリア大使館別荘では壁や天井に杉の皮を模様のように貼り付けているのですが、わざわざ木の地肌を強調するなんて、当時の日本人には思いつかない発想です。材料そのものを率直に見せるモダニズムの視点を通したからこそ。
恒松 同じ木を使ったとしても、外からの視点を通すと違うものが出来上がるんですね。
倉方 「日本の名作 木の居住空間」では、訪ねることができて、木を堪能できる建築を4つのジャンルに分けて紹介しています。
恒松 それぞれどんな特徴があるのでしょうか?
倉方 時代の流れで分けていて、まず「伝統の展開」は昭和はじめから戦前まで。近代は西洋建築が語られがちですが、実は和風建築が花開いた時代なんです。身分によって建てることができる建物が規制されていた江戸時代が終わり、近代は輸送手段や道具も発展。お金に糸目をつけない実業家が銘木や腕利きの職人を揃え、憧れだった和風建築をつくることで、伝統が進化していきました。次の「和洋の融合」は大工とは異なる建築家という新しい職業が出てきたことで生まれた作品をセレクトしました。西洋の建築を学んだ人が和を扱うことで、伝統に根ざしつつもモダンな和洋折衷の空間が生まれていきます。続いての「モダニズム」は過去の立派な建物を模倣するのではなく、敷地・目的・機能・コストといった客観的な条件から合理的にかたちを決めていこうという様式。現代の建築はモダニズムの延長線上にあります。
恒松 時代によって、ひと口に木造建築といっても、まったく違う考え方でつくられているのですね。

倉方 モダニズムは日本建築の空間性と相性がよく、従来のしきたりにとらわれない実験精神を見てほしいです。そして「現代の再生」は過去の建造物をリノベーションする現代の潮流です。もともと可変性のある木造建築ではありますが、建築技術が発達したことで木造でも耐震基準が満たせるようになるなど、少し前には考えられなかった改修も可能になったんです。使われていなかった建物が再生されることは、街の価値を再発見することにもつながります。
恒松 まだまだ再発見できる物件はたくさんありそうですよね。地域の活性化にもつながりそうですし。
倉方 新しいものをつくることだけでなく、日本全国に潜在している価値を見つけていくことも豊かでクリエイティブな作業ですよね。
恒松 私の中にも潜在的に木造建築に触れてきたことで養われていた空間の見方があることに気づけたので、今後は意識して建築をめぐりたいと思います。いつか実家の一軒家をリノベーションすることも目標なので、いろんな空間を見てヒントを探りたいです。
倉方さんおすすめの
「日本の名作 木の居住空間」を一部ご紹介!

東京・本郷で築125年を超える「鳳明館 本館」。戦前は下宿兼旅館として、戦後は旅館として営業。銘木を贅沢に使い、木の特徴に合わせて室内をデザイン。打出の小槌をかたどった窓など、遊び心あふれる手仕事が見どころ。

兵庫・西宮にある「旧山本家住宅」。1938年に茶室の研究家でもある建築家・岡田孝男が設計した邸宅。洋室以外に茶室や日本庭園もある和洋折衷スタイルで、ヘリンボーンの床など木の質感を生かした装飾が美しい。

東京・成城にある「猪股邸」。建築家・吉田五十八の設計で、1967年に竣工。伝統的な数寄屋造に、引き戸によって開放的な空間を実現するなど合理的なモダニズムの美学を掛け合わせた。和モダンの原点といえる建築。

東京都内に現存する最古級の木造見番建築を地域住民のためのスペースに改修した「港区立伝統文化交流館」。古い木造の架構を保ちながら、木の柱を格子状に組んだ新しい耐震壁を実現させるなど、さまざまな技術を結集。
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text: Rie Ochi photo: Maiko Fukui, Takuya Seki hair&make-up: Asuka Fujio stylist: Marie Takehisa
衣装協力=Maison Kitsuné、norme、four seven nine
2025年9月号「木と生きる2025」



































