TRADITIONS

能×異ジャンル 対談集中連載 [第一回]
漫画家と語る能

2017.12.6
能×異ジャンル 対談集中連載 [第一回]<br/> 漫画家と語る能

能の魅力を広め、伝統を未来へつなげるため、活動してきた能楽師がいる。この連載では、そんな宝生流シテ方・佐野登さんと、能への間口を広げてくれる特別ゲストとの対談をお届けする。

宝生流能楽師シテ方・
佐野 登さん
宝生流18 代宗家宝生英雄に師事。演能活動や謡曲・仕舞の指導を中心に、日本の伝統・文化理解教育を行うなど現代に生きる能楽を目指し積極的に活動

漫画家・織田 涼さん
『ITAN』(講談社)で能面をつけて生活する異端な女子、花子の物語「能面女子の花子さん」を連載中。コミックス3 巻が10 月6 日発売。http://itan.jp

――織田さんの漫画『能面女子の花子さん』は能面をかけた女子高生・花子が主人公なんですけど、これが漫画ファンの間でも非常に話題となっていまして。
佐野 また、なぜこうした作品を描こうと思われたんですか?
織田 正直に言うと能を広めたいといった意図ではじめたわけではなくて、まずは漫画家として能面のインパクトに惹かれたんです。小面や般若でしたら実物は見たことがなくても、日本人ならだいたい知ってはいますし。それで調べたり、能面師の方に話をうかがったりしているうちに、だんだん能面や能そのものの世界にもすごく惹かれていったんです。それで最近は、私の作品が若い方が能に関心をもつきっかけになってくれればうれしいなと思いはじめまして。
佐野 最近になって、そう思われたんですね。
織田 はい。だんだんと目的が変わってきたというか。
佐野 それはそれでよかったじゃないですか。まずは興味をもってもらうことが一番です。
織田 そう言ってもらえるとホッとします。

――また漫画にも、能と同じように特有の細かい表現方法があって、そこはそこで気にしなければならないことがありますよね。
織田 そうなんです。花子の面おもてを描くときは、表情を変えないようにしているんですが、普通、漫画だと主人公って表情が豊かでないといけないんです。そこは背景や集中線のような技法で補ったりするんですが、能面師の中村光江先生に、「面が表情豊かでおもしろいね」という感想をいただいて。やはり同じかたちでも、面の場合、表情がいろいろと見えてくるのがおもしろいなと思いました。
佐野 実際に私たちがつける面も木彫作品なので、もちろん表情は変わりませんよね。ですがほんのちょっとの角度や、光の当たり具合で表情は変化します。舞台上では、面までを含めた身体表現をするので、動き一つひとつの型は、面の見せる表情が計算されたものとなっています。だからこそ微妙な動きでさまざまな表情が生まれます。たとえば、皆さんよくご存じの角が生えた般若の面は、恨みつらみといった印象を受けますが、動きが加わることで 「悲しさ」も含めた表現が可能になるんです。
織田 面を見ているだけでも感じます。般若のような、少し険しくて、年老いた面を見ていると、たとえ資料でも心がざわついて、感情が高ぶることがあります。単に怖いというのとも違って、つらくなるというか。そんなときに、ふと小面の資料を見ると、なんかすごくほっとするんですよね(笑)。
佐野 小面は能に出てくる女性の役だと一番若い。「小さい」という字には、いわゆる「若い」だけじゃなく、「かわいらしい」という意味合いもありますから。
織田 なので、私は小面をかけている花子を、女子高生というかたちで描いています。ただ、彼女がどう変わっていくのか? という成長の部分が大事だと連載当初から思っていまして。そこは、般若の面をつけているお母さんや担任の先生にも、花子に対していろいろと突っ込ませている部分です。といってもいかんせんギャグ漫画という側面もあるので、なかなかキャラクターを変化させるのも難しいんですよね。そこは私のやりたいことにおいて、葛藤がある部分ではあるんです。
佐野 なるほど。そういった人の成長していく過程をきめ細やかに描写することが、漫画では可能なんですね。能ではそういった表現はできないかもしれません。もし能でやるとしたら、その変化した姿を、面を替えて表現することはできますね。小面の花子が成長して、次はどんな面をつけるのか? とても興味深いです。もしかしたら小面から次の面、たとえば節木増という小面より少し年を経た面への変化を絵で表現すると、能にはない漫画ならではの表現ができるかもしれませんね。

――なるほど、面自体が成長する可能性もあるわけですね。ところで、織田さんは実際に面を打ってもいるとか。
織田 ええ、花子が面を打っているという設定なので、私もやってみたんです。先生に手取り足取り教わりながら、見本の面を横に置いて打つんです。気づかされることが多いですね。
佐野 漫画の中にもそういうシーンが出てきますけど、面をつけると、「ええー、こんなに見えないんですか!」って思うでしょ?
織田 ええ、はじめてつけたときはびっくりしました。
佐野 実際とても視界が狭くなるので、慣れないとすごく動きづらいし、はじめてなら舞台から落ちそうで怖いと思います。私たちはそれを訓練して、自由自在に舞台上を動くことができるようになるのですが、逆に素顔で出るほうがやりづらいです。
織田 よく能楽師の方はそうおっしゃいますよね。
佐野 面をつけることはその役に変身する最大で最終の手段です。素顔で演じるということは、その最大の手段がないわけですから。私たちは面をつけることを「面をいただく」と言います。面は舞台上ではその能楽師の素顔になるわけで、演じる上でとても重要な行いだからです。

『能面女子の花子さん』(講談社)
能面をつけて生活する異端な女子、花子の学園シュールコメディー。実家がかつて能面をつくる一族だったため、女がみな能面をつけて商売していたという設定。花子の温和かつマイペースな性格が笑いを誘う

面は見る角度によって表情が異なって見える。写真の「般若」の面では、右の角度から左のように「表を切る」と、恨みと怒りの表情から悲哀がのぞく印象に

伝統を継承するということは不変ということではない

――作品の中には、面打師の家に生まれ、家のきまりで常に面をつけている花子に恋をする、若い能楽師の三郎も登場しますが、それぞれ伝統を継承する仕方が違って
いておもしろいですね。
織田 花子の継承は自然体なんです。生活の中に伝統があり、それを当たり前のものとして、行っています。それに対して三郎の継承は伝統を背負っているかのようです。そこを対比させることは最初から考えていました。というのも、同じ伝統でも、長い時間を超えて継承されていくものと、どこかで受け継がれなくなってしまったものとがありますよね。その違いは何なのだろう? ということをすごく思うんです。
佐野 そうですね。人間はさまざまなものを生み出し、同時に取捨選択をし、有益なものを子孫繁栄のために後世へ残しながら綿々と時代をつないできました。そうして淘
とう汰たされ、残されてきたものが伝統です。だからこそ、長い年月を経て残ってきたものは尊いんじゃないでしょうか。能は650年以上にわたり、しかもかたちをほぼ変えずに今に生きています。その間にいったい何世代の継承があったのか? 私は息子に伝えるだけでもものすごい苦労をしていて、もしかしたら継がないという結果に終わるかもしれないのに、先人たちはこの継承の作業を何百回もやってきたかと思うと、頭が下がります。そうやって続くものは、当たり前に生活の中にあり、そして人が生きていく上で有益なものじゃないと必ず淘汰されると思います。問題は伝統のかたちではなく、その伝統に息づく先人たちのメッセージ。その伝統が何を伝えようとしているのか? それなんじゃないかな。
織田 なるほど、そこを考えるのが大切なんですね。
佐野 三郎の背負っている継承はおか目から見ると重々しく背負っているものに見えるかもしれないけれど、実は三郎にとっては花子の継承と同様に当たり前に日常にあるものだと思います。三郎がそれに気づく日がきっとくるんじゃないかな。
織田 能の面を通して伝わってくる感情も、時代は違えど普遍的なものがありますしね。
佐野 だから、能もあまり難しく考える必要はないと思いますよ。能のことを知らないっていう子どもたちに「どうだった?」って聞くと、「なんかすごくきれいだった」って言うんですよ。興味をもつきっかけは、そういう漠然と「きれい」というところでいいと思うんです。そこがまずはスタートですから。
織田 ホントそうだと思います。私も最初は面から入りましたけど、実際に舞台を見て、所作とかがきれいだなと。それがあったから、次も観に行きたいと思いましたし、その後も毎回観るたび、絵に描いてみたいと思うんです。「ああ、いま、この手つきとか角度を絵にとってみたい!」って(笑)。きっとそれは、能がずっと受け継がれてくる中で、どの角度なら美しいかといったことが探求され、磨かれてきた果ての所作だからだと思うんです。その欲求がきっかけとなって、いまでは、もっと背景も知りたい。たとえば『平家物語』や『源氏物語』も読まねばっていうふうに、どんどん能にハマっていっています。
佐野 そうやって、自然と能の魅力に気づいていってもらえるのがうれしいですね。
織田 エンターテインメント――と呼んでいいかわからないですけど、漫画やほかのエンタメと比べても、息が長く楽しめるものだと思うんです。いまは漫画も、それを取り巻く出版の世界も、とにかくスパンが短くて(笑)。だからなおさらそう思いますね。人生をかけて楽しめる娯楽としても、私は能と出合えて本当によかったです。

能面って?

小面(こおもて)
若くて可憐な女性の面。能面の中でも代表作品とされる。宝生流ではツレに使われることが多い

能面は単に面(おもて)とも呼ばれ、基本的に霊力を宿していたり、超人間的な存在に用いられる。逆に生身の人間の役や、ワキ方では面は使われない。例外として、老人・女性の役柄では面を用いるが、これは演者が壮年の男子である前提に立つため。また、歴史や造形などによる分類があり、また各流儀や各家によって特別に大切にされている面もある。面をかけると、視界は狭まり、呼吸も不自由になる。そのため演者には、面と対峙するための高い精神性と身体の鍛錬が要求されるようになる。

「未来につながる伝統」能公演

シテ方・佐野 登さんが主催、小誌が後援する能公演を今年度も開催いたします。
能にご縁がなかった方も、ぜひこの機会にその魅力に触れてみてください。

開催日:2018年2月3日(土)
時間:13:00開場/ 14:00開演
会場:宝生能楽堂
住所:東京都文京区本郷1-5-9
主催:佐野 登
後援:『Discover Japan』(枻出版社)
料金:SS席1万5000円/ S席1万円/ A席8000円/
B席7000円/ C席5000円/学割3000円
※SS席には公演後の
アフターパーティ参加費が含まれます

チケットに関するお問い合わせ
Confetti(カンフェティ) Tel:0120-240-540
公演に関するお問い合わせ
Eメール:shihoukai202@gmail.com Tel:03-3811-4843(宝生能楽堂)

チケットのお申し込み
confetti-web.com/nobo 
S席購入者には『能のお稽古』無料体験、ほか全員に能グッズの特典付き

(text : Joe Kowloon photo : Kazuya Hayashi)

※この記事は2017年10月6日発売Discover Japan11月号P188~191の内容の一部を掲載しています。