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京都《田中長奈良漬店》の奈良漬け

2022.1.22
京都《田中長奈良漬店》の奈良漬け

自宅で過ごす時間が増えた昨年から今年にかけて、美味しい贈り物・お取り寄せは、さらに人気が増しています。日本各地に息づく貴重な食文化を伝えている「日本食文化会議」のメンバーに、この冬の一押しを語り尽くしていただきます。今回は京都の漬物の中で最上級に位置する「田中長奈良漬店」の奈良漬をご紹介します。

教えてくれたのは……
「日本食文化会議」の皆さん
料理人、茶人、菓子職人、伝承文化の継承者など食のプロフェッショナルが集い、日本の食文化を国内外に広く発信する団体。今回は魚、肉、野菜(漬物)それぞれを得意とするメンバーにご登場いただく。https://jfcf.or.jp

松本栄文(まつもと・さかふみ)
「花冠陽明庵」主人、作家、食品学者。「日本文化を愛でる会」を主宰し、食の専門家からなる「日本食文化会議」を発足するなど、日本の伝承・伝統文化の普及に努める。グルマン世界料理本大賞において、『日本料理と天皇』が殿堂受賞、及び『SUKIYsAKI』、『1+1の和の料理』、『雑煮365日』がグランプリを受賞。

数種類の漬床を見極める
職人仕事が美味しさを育む

数種類の漬床を見極める職人仕事が美味しさを育む、塩漬けした野菜の塩分を抜きながら、酒粕の旨みを野菜に移していくのだが、数種類の漬床に替えながら味を調えていく。仕上げに上質の酒粕とみりん粕、糖分を加えた漬床で熟成させ、まろやかな香味の味淋漬が完成する

京都では、田中長奈良漬店の奈良漬(味淋漬)はお祝いのときにいただくもの、というほど格が高い漬物です。神聖なるお酒の粕と、昔は贅沢品であったみりんの粕を用い、野菜を収穫してから完成までに2年かかる漬物はほかにはありません。ちなみに、味淋漬の次にくるのが上賀茂のすぐき漬に、大原の柴漬。一歩下がって千枚漬。この4つがハレの漬物といえるでしょうか。

奈良時代に奈良で生まれた奈良漬が、京都でも食されるようになるのは平安時代から。江戸時代になって味淋漬が考案されます。1789(寛政元)年創業の田中長奈良漬店にて、初代が主軸であるみりん製造のかたわら、酒粕で漬けた辛口の奈良漬に自家製のみりんとその絞り粕を加えた京都らしい奈良漬をつくったのがそのはじまり。みりんのまろやかな風味を醸す田中長さんの味淋漬は、創業時のつくり方をほとんど変えずに受け継がれています。

味淋漬を代表する野菜といえばうりと加茂なすですが、近年はさまざまな野菜でつくっています。いずれも収穫して塩蔵し、半年から1年、肉質がほどよく締まったところで酒粕の漬床に替えます。その際、野菜の塩分を除き酒粕の旨み成分を野菜に取り込むために、最初は使い慣らした酒粕の床を用い、数回に分けて新しい床に漬け替え、仕上げの床にはみりん粕を加えて2〜3カ月熟成させるという手の込みよう。職人たちが野菜と対話しながら、伝統の製法を守りつつ、最高の味淋漬をつくり続けているのです。

たったひと口でも
奥ゆかしさを感じる漬物です

今回紹介する加茂なす、すいか、しょうが。このほかに、桂うり、ごぼう、だいこんなどが揃い、数種類を合わせた樽詰もある

奈良漬の起源とされる粕漬の歴史は古く、奈良時代、第40代天武天皇の孫である長屋王の屋敷跡から出土した木簡に、すでになすの粕漬の記述が見られます。鎌倉時代の和歌集『和歌抄』には、「秋なすび わささの粕につきまぜて 夜目にはくれじ 棚におくとも」という一句が残されています。昔、日本で夏に収穫できる野菜といえばうりぐらいしかなく、仏教伝来とともに中国からなすが伝わると、「夏の実」と書いて重宝されました。この「わささの粕」とは若酒(新酒)の酒粕を意味し、「夜目」はねずみのこと。つまり、なすを粕漬にしてねずみに食わすな、といったことでしょうか。

奈良漬はその後、江戸時代には味淋漬を生み、令和へとつながっている歴史を背負う漬物といえます。この悠久の時を感じながら食べていただきたいのです。田中長さんの味淋漬は優しい甘みとまろやかなみりんの風味があるため、一般的な奈良漬が苦手な人にも喜ばれます。

炊きたてのご飯やお茶漬けに合うのはもちろんのこと、味淋漬は、料理の一素材として、また食事の箸休めとして、その存在感をもって料理や食事の格を上げてくれます。

数ある野菜の味淋漬の中で、牛肉や豚肉、鶏肉など、癖の強いジビエ以外のお肉によく合うのは賀茂なすです。今回ご紹介している豚肉のソテーには、賀茂なすを細かく切ってたっぷりと散らしました。大きくならないうちに収穫した賀茂なすは肉質が緻密で、種の回りにあるペクチン質はねっとりとしてジューシー。細かく切るだけでソースの役割を果たしてくれます。さっぱりとした豚肉の旨みと味淋漬の風味が相乗し、深みが格段に増します。漬物の中でお肉の味わいをより高めてくれるのは奈良漬ぐらいでしょう。中でも田中長さんの味淋漬は、料理との調和を取りやすいのです。

ほんのり辛みをもつしょうがは、鰻の蒲焼や焼き魚との相性が抜群です。また、細かく切って炊きたてのご飯に混ぜ、即席のしょうがご飯に。釜揚げシラスをたっぷり添えてもよろしいでしょう。

すいかは、通称「源五兵衛」と呼ばれるもので、花が落ちてテニスボールよりひと回り小さい状態の実を漬け込んであります。こちらは冷蔵庫に常備しておきたい一品。コリっと歯触りよく、食事にアクセントを与えてくれる存在で、よい箸休めとなります。

味淋漬を使うことで
料理の格が上がります

付け合わせは、味淋漬との格を揃え、香り高い根三つ葉を使用。ゴマ油でさっと炒め、薄味に仕上げる

美味しさのヒミツ
原料となる野菜の見極めと職人の手仕事
京都の伝統野菜を中心に、味淋漬となって美味しい品種や収穫時期を厳選。漬床で熟成させる過程で野菜の細胞が壊されないよう、漬床の塩分濃度を減らしながら何度も漬け替えを行う。この繊細な手仕事が、豊かな風味と独特の歯応えを生む。

松本さん流! 美味しい食べ方
加茂なすの味淋漬を食べるソースとして味わう「豚肉のソテー」。豚ロース肉はあらかじめ塩をして、みりんが多めの割り下で短時間で焼くと、香り高い味淋漬とのつながりがとてもよい。

つくり方
1. 厚切りの豚ロース肉(200g×2枚)は塩、白コショウを振って常温に戻し、グローブ状の切れ込みを入れて筋切りする。
2. 割り下をつくる。みりん大さじ2、醤油大さじ1、オイスターソース小さじ1、水大さじ1を混ぜ合わせる。
3. 強火のフライパンで1を両面ソテーし、8割ほど火が入ったら2を加えてからめる。
4. 根三つ葉(適宜)はゴマ油でさっと炒め、3の焼き汁にからめる。
5. 3を食べやすく切ってうつわに盛り、細かく切った加茂なす(適宜)をたっぷりかけ、4を添える。

都錦味淋漬 加茂なす、すいか、しょうが
価格|各972円(送料別)
内容量|加茂なす 180g、すいか 180g、しょうが 135g
原材料|加茂なす:なす、酒粕、みりん粕、食塩、糖類
すいか:すいか、酒粕、みりん粕、食塩、糖類
しょうが:しょうが、酒粕、みりん粕、食塩、糖類
賞味期限|常温で60日
注文方法|Tel、Fax、インターネット

京都府・京都市
貴重なもち米を多用するみりんが立役者
奈良漬は、都が平城京から平安京に移るとともに京都で食されるように。田中長奈良漬店が江戸時代に味淋漬を考案するのだが、もち米をふんだんに使うみりんは当時は高級品。公家文化が栄え、みりん蔵が多い京都という土地が生んだ漬物といえる。

田中長奈良漬店
住所|京都府京都市下京区綾小路通烏丸西入童侍者町160
営業時間|8:30〜18:00
定休日|なし
Tel|075-351-3468
Fax|075-351-4520
https://www.tanakacho.co.jp/

text: Yukie Masumoto, Tatsuya Matsuura photo: Kenji Itano
Discover Japan 2021年12月号「ストーリーのある贈り物」

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