日本の新しい旅スタイルは
「ニーズ」と「地域合意」が大切
移動が制限される中、新しいスタイルも登場したコロナ禍の旅。3密を伴う団体移動、一斉休暇を避ける工夫があれば旅に出られる?そこで今回、観光政策、観光行政などを専門とする大学教授の矢ケ崎紀子さんに話を伺った。
東京女子大学 現代教養学部 国際社会学科 コミュニティ構想専攻
教授 矢ケ崎紀子さん
九州大学大学院法学府政治学専攻修了。国土交通省観光庁参事官などを務め、2019年から現職。国の観光分野の委員や地方自治体の観光アドバイザー、東武鉄道社外取締役としても活躍する
仕事+休暇がこれからの旅のキーワード
ワーケーションとは?
work(仕事)とvacation(休暇)からつくられた造語。オフィスを離れてリゾートや旅先でリモートワークをすること。ブレジャーとワーケーションでは、決められた出張先で余暇を楽しむか、休暇ありきで行き先を選び、その旅先で仕事をするかの違いがある
ブレジャーとは?
business(仕事)とleisure(余暇)を組み合わせた言葉で、出張先で滞在を延長などしてレジャーも楽しむ旅スタイル。海外ではよく知られる休暇のかたちだが、日本での認知度は低い。出張に有休をつけたことがある人の割合も、日本は19カ国最下位だったというデータもある
矢ケ崎さんも実践!
ウィズコロナだからこその働き方
仁和寺の宿坊でだらだら防止
「3泊4日の京都では、仁和寺の宿坊を利用しました。毎朝お勤めがあり、普段は非公開の文化財を特別に参拝できます。ワーケーションでは時間感覚が狂いがちですが、朝5時に起きてお経を聞いているうちに目が覚めてくるので、一日のリズムを整えやすかったです」。
地方の図書館を仕事場に活用
「ワーケーションでは、その土地にある図書館を利用するのもおすすめ。日本には、写真の高山市図書館をはじめ、金沢や富山など建築やデザインに優れた図書館が全国にあります。街中の図書館はWi-fi完備のところが多く、長時間の利用ができるので使い勝手がいいですよ」。
日本が観光立国実現に向けた取り組みを進める中、世界を襲った新型コロナウイルス。渡航制限などによって訪日外国人が急減するなど大打撃を受けたこともあり、政府が閣議決定した2020年版観光白書では、日本人国内旅行の活性化の必要性が盛り込まれた。
観光政策、観光行政などを専門とする大学教授の矢ケ崎紀子さんは、観光庁の参事官として観光振興業務に携わり、京都市、金沢市、高山市、松江市といったさまざまな地方自治体の観光アドバイザーも担当している。
withコロナ、afterコロナ時代の国内旅行はどのように変わっていくのだろうか。その動向をうかがった。
「国内旅行の活性化といっても、これだけ不要不急の外出自粛が叫ばれ、帰省もままならない状況では、旅に行かないという選択をする人が増えるのは仕方のないことでしょう。少しでも旅をしやすくするためには、旅に出るにあたって『3密が回避できる』、『安心安全』など、旅の行動を肯定してくれる口実が必要。『旅に出てもいい』という正当性を確保してくれる、そこに訴求するコンテンツや旅のスタイルであれば、旅行需要を拡大できる可能性があると思います」
テレワークなど新しい働き方が浸透した中で注目されるワーケーションやブレジャーなども、コロナ時代に新たに浮上した旅のスタイルのひとつ。リモートワークが可能な職種であれば仕事をしながら平日に旅行ができ、連休や夏休みなど混雑する期間や場所への移動も避けられる。
「海外では昔からブレジャーという旅の概念も一般的ですが、日本の企業では仕事は仕事、遊びは遊びという意識が強く、浸透していないのが現状です。ファミリーでの移動となるとなおさら、出張などで行き先が決まっているブレジャーよりも、行き先を選び、アクティビティをはじめから組み込めるワーケーションのほうがチャレンジしやすいでしょう。ただ、どちらにしても、旅行者だけでなく滞在先の宿泊施設や自治体の協力体制が必要です。
3密回避の対策はもちろんのこと、Wi-Fi完備や机や椅子など仕事環境が整っていること、長期滞在なら飲食店が近隣に充実しているかも重要なポイント。私は最近、京都で3泊ワーケーションをしましたが、飲食店はもちろん、知的刺激を受ける美術館や寺院などのスポットが多く、気分転換に町歩きができ、緑も豊かで、ワーケーションには最適な環境でした。ただ、仕事のPCや資料、スーツなど、通常の旅行よりも荷物が増えるので、私は東京の自宅から車を利用しましたが、移動手段や荷物の運搬は要検討ですね。それぞれの土地でどんなワーケーション滞在ができるか、利用する側も提供する側も、快適に過ごすために工夫や知恵を出し合えるといいですね」
矢ケ崎さんは、ワーケーションやブレジャーは、コロナ禍でも出掛けられる旅として一定の需要はあるが、決して大きなマーケットではないとも語る。とはいえ、座して待っていられる状況ではないのも確か。これまで団体旅行といったマスを相手にしていた施設や地域で、ニーズが少ないのなら対応する意味がないと考えているならば、その意識改革も必要だと語る。
「インバウンドやこれまでの旅行ができない現状において、マスが動けないのだから、トレンドセッターとして早めに動いている旅行者をつかみ、自分の施設や地域でワーケーションをしてもらうには、どんな環境や要素が必要かを教わろうというくらいの気持ちが必要だと思っています。
日本人には、自ら率先して新しい行動を起こすのが苦手な人が多いですが、素晴らしい適応力をもっていますので、慣れるという意味でワーケーションなどが定着し、旅のスタイルのひとつになるという可能性はあります。旅はますます小単位になってくるので、これまで団体の旅を産業として受け入れてきた地域は、これを機に、今後の市場動向を踏まえたサービスの革新や思い切った業態転換など柔軟に対応してほしいと期待します」
より影響が深刻なインバウンドに関しても、各地域で先手先手の準備が必要と語る矢ケ崎さん。検査体制とワクチンの普及により徐々に需要が戻ると考えられるが、戻ってから準備をしていては乗り遅れてしまうという。
「外国人観光客は海外旅行の計画が早く、1年前、半年前には検討をはじめます。その計画段階で行き先の有力な候補になっている必要があると考えると、情報合戦はすでにはじまっています。それを見越した地域では、ショートムービーで海外発信をしたり、約3
00万人いる在日外国人にアピールして情報媒体になってもらうなど着手しているので、それぞれの地域で新しい日常でのインバウンド振興も視野に入れてほしいと思います。
私は、日本ほど全国津々浦々、観光資源に恵まれている国はほかにないと考えています。観光分野の国際機関や海外の政府観光局の方々からも、『一度旅すれば満足という国が多い中、日本は何度も旅行したいと思える特別な国』とよく言われていました。その日本の魅力がコロナによって失われたわけではありません。私たち旅行者は、大変なときに新しいことをやっていこうと頑張っている施設や地域を応援していきましょう」
観光資源を利用した自治体制度を活用するのも◎
山形県天童市でフルーツを利用した助成金制度を活用
コロナの影響もあり、各地で町を挙げた観光キャンペーンを行っている昨今。天童温泉では、指定期間に対象旅館を利用した宿泊客にフルーツなど山形の特産品をプレゼントするキャンペーンを実施。旅行先を計画する際には、こういった各地の取り組みも注視したい。
島根県松江市のレンタルバイクでサイクリング
気分転換としてアクティビティに参加できるのもワーケーションならでは。島根県松江市では、旅行客でも気軽にサイクリングが楽しめるよう、スポーツバイクのレンタルショップや、サイクリングコースやトイレ休憩などで気軽に立ち寄れるサイクルステーションを設置。
text: Akiko Yamamoto
2020年10月 特集「新しい日本の旅スタイル」
≫急速に変化する前橋でいったい何が起きている?仕掛け人、JINS代表 田中仁さんにイノベーションシティ計画について伺いました!