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美味しいお茶は急須で決まる
高橋みどりの食卓の匂い

2020.9.25
<b>美味しいお茶は急須で決まる<br><small>高橋みどりの食卓の匂い</small>

スタイリスト・高橋みどりさんがうつわを通して感じる「食」のこと。五感を敏感に、どんな小さな美味しさ、楽しさも逃さない毎日の食卓を、その空気感とともに伝える《食卓の匂い》。今回はとことん美味しいお茶を淹れるための工夫が施された、水野博司さんの急須を紹介します。

高橋みどり
スタイリスト。1957年、群馬県生まれ、東京育ち。女子美術大学短期大学部で陶芸を学ぶ。その後テキスタイルを学び、大橋歩事務所、ケータリング活動を経てフリーに。数多くの料理本に携わる。近著に『ありがとう! 料理上手のともだちレシピ』(マガジンハウス)など

実家で普段飲んでいたのはほうじ茶だった。煎茶はお客さまがいらしたときに母が丁寧に淹れているという印象もあり、味にしてもどこか親しみがなくハードルの高い存在。仕事で「美味しいお茶を淹れる」という企画をいただいたときにすぐに飛びついたのは、そんな煎茶をもっと身近なものにしたかったから。

撮影日の数日前に大きな地震が起きた。2011年3月11日の東日本大震災。仕事は予定通りのスケジュールだったので、いつまた揺れてもおかしくない状況の中、スタッフはみな心穏やかではなかった。教えていただく先生の工房は不慣れな場所であるから、その緊張もあり会話も少なく、工房内ではずっとシュンシュンと湯が沸く音が響いていた。

先生の説明に耳を傾ける、所作を目で追う、一連の動きから美味しいお茶が生まれる様子に見入っていたところ、まんべんなく均等に注がれたお茶を「どうぞ」と渡されて、はっとした。穏やかでなかった気持ちは、いつしか静かに落ち着いていた。お茶をひと口含むと、そのとろりとした甘さが身体中に染み渡るように感じ、思わず涙が出そうになった。この日から、美味しいお茶を淹れることは幸せなこと、大切な時間、と思うようになった。

お茶を味わうためには、美味しく淹れることのできる急須が必要。それが煎茶の美味しさを知る近道でもある。

まさに水野博司さんの急須がそれだ。常滑在住の水野さんは、急須と土瓶を専門につくっている。常滑の土を中心に、いくつかの土を調合する土づくりから成形までをすべて一人で行う。好みの土をつくる作業は並大抵のものではない。工房を訪ねた際にまず目にしたのが、たくさんの原土。工房地下にある大きな部屋が、原土の袋で埋め尽くされていた。

成形も、とことん美味しいお茶が淹れられるよう長年工夫を重ねてきた。小さな半球状になっている茶漉し部分には、3種類の大きさを変えた穴を施しているため、茶葉が詰まることがない。注ぎ口の角度や向きもお茶の出方が美しいラインを描くように、蓋は本体に音を立てることなく吸い付くようにかたちづくられる。

その口の広さは茶葉を捨てやすく、洗いやすい、そして乾きやすくもある。よって急須の中は清潔に保たれ、常に美味しいお茶が生まれる。土肌はその名の「急須」のごとく、なめらかでいてほんの少し雑味があり心地いい。使い込むほどに艶やかに育ってゆく。

なめらかな土でつくられる水野さんの急須は、手にしっくりと馴染むかたちと肌触り。注ぎ口や取手、茶漉し部分など、急須の細部にまで水野さんの想いが行き届く。急須を割り、その断面を確認してまで使い勝手をとことん研究するそう
価格|1万800円 問|タミゼクロイソ Tel|0287-74-3448 (日・月曜 13:00〜18:00)

まさに水野さん自身が毎日使われている急須は、私のそれと同じものと思えないほど美しい光沢がある。「日に何度もいただくからでしょうか、特別なことはしていないけど」と、淹れてくださった二淹目もとても美味しかった。

さて、今日のお茶の時間は新茶を丁寧に淹れてみよう。煎茶のお供には、きゅっと甘いものを少しが好み。小さい羊羹を常備し、角切りにして小皿に盛る。今日の気分は爽やかな色合わせとする。小ぶりの碗を選ぶ、外は青、中は白に新茶の緑が映える。お菓子には古い小紋柄の豆皿を。

午後の幸せな時間がはじまった。

text・styling : Midori Takahashi photo : Atsushi Kondo
2019年6月号 特集「天皇と元号から日本再入門」


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