水でめぐる世界遺産《白神山地》
前編|ブナ原生林がもたらす水の絶景「十二湖」


東北の雄大な自然が広がる世界自然遺産・白神山地。東アジア最大級のブナ林を代表とする「生命の楽園」と周辺エリアは、美しい“水”をキーワードにめぐる旅で、新たな魅力を発見できる。前半では、ブナ林のもたらす水の魅力を大自然と共に体感できる十二湖エリアをめぐる。
line
ブナ林と美しい水が生む「生命の楽園」とは?

十二湖エリアにある凝灰岩の白い岩肌が峻険にそびえる断崖の景勝地。遊歩道を15分ほど上った展望所から眼下に望むダイナミックな眺望は、一見の価値あり
白神山地は、青森県南西部から秋田県北西部にまたがる約13万haに及ぶ広大な山岳地帯の総称だ。東アジア最大の原生的ブナ林をはじめ、90種類以上の鳥類、本州すべての哺乳類が生息するなど、多種多様な生態系が世界に認められ、1993年に約1万7000haにも及ぶ核心地域が世界自然遺産として登録された。
「生命の楽園」と称されるそのフィールドの周辺は、東西で異なる文化が形成されてきた。東部の弘前は「ブナコ」など“木”の工芸品や産業が生まれ、西部に位置する鰺ヶ沢、日本海沿いの深浦は白神山地の“水”を生かした文化が紡がれている。

白神山地の美しく軟らかい水を育んでいるのが、落葉広葉樹のブナだ。「天然のダム」と呼ばれるほど保水力の高いブナ林に雨水や雪解け水が蓄えられ、長い年月をかけて地下に浸透。そして湧き水となって白神山地の大地を潤し、そこに生きる動植物や人々の暮らしを支え、川に注いで豊かな海をつくる礎となっている。
line
「十二湖」で体感する白神山地の水の魅力

十二湖の名称は東にそびえる崩山から眺めると12の湖沼が見えたことに由来。登山を楽しんだ後、694m地点の大崩展望所から眺めると、その雄大な全貌が目の前に
白神山地から湧き出る水の魅力を大自然とともに体感するなら、まず白神山地西部にある33の湖沼群「十二湖」をめぐりたい。
「このエリアも核心地域同様、非常に多様な生態系を保っています」と教えてくれたのは、キャリア25年の白神山地ガイド・岩谷幸広さん。30年以上山で狩猟するマタギとしても活動している岩谷さんは、この地を知り尽くしたエキスパートだ。白神山地とマタギのかかわりは平安時代からはじまったと伝わり、厳しい掟を守りながら熊や山鳥、野ウサギなど生き物の生命を必要なだけ授かり、山菜を採取し、保存食の知恵を伝え、神秘の森と共存してきた。

「森の物産館キョロロ」に車を止め、森林に分け入ること約10分、幻想的な青池に目を奪われた。水深9mの池底に倒れた木が目視できるほど透明でありながら、自然がつくり出したとは思えない鮮烈なコバルトブルーの湖面が神々しい景観を生み出している。そこから、夏には「火の鳥」と呼ばれる稀少な野鳥、アカショウビンが飛来する長池、十二湖屈指の透明度を誇り、畔に平成の名水百選に選ばれた「沸壺池の清水」の源泉が流れる沸壺の池をめぐる。
「ブナの原生林をはじめ、白神山地で発見された新種の固有植物がつくる独自の林相や春に聞こえる26種類の野鳥のさえずりなど、生命の躍動も楽しんでほしいです」と岩谷さん。発見に満ちたガイドに耳を傾けながら、約8000年前の縄文時代早期に形成された原始の森に包まれていると、自然と心が洗われてくる。

十二湖の森は、青森県内ではじめて医学的に「癒し」効果が認められた。何度訪れても発見がある雄大な森はさまざまなコースも整備され、ガイドとめぐれば、より知的好奇心が満たされる旅に
line
世界自然遺産《白神山地》について、もっと知りたい方はこちら
・日本の世界自然遺産【前編】
北海道・知床/青森県・白神山地
text: Ryosuke Fujitani photo: Kazuya Hayashi
2025年4月号「ローカルの最先端へ。」