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埼玉県草加市《チャヴィペルト》
有機野菜と都市農業の可能性【後編】
|“ニッポンの美味しいの”いまと未来①

2025.1.20
埼玉県草加市《チャヴィペルト》<br>有機野菜と都市農業の可能性【後編】<br><small>|“ニッポンの美味しいの”いまと未来①</small>

作家・料理家の樋口直哉さんが訪ねる、知っておきたい“ニッポンの美味しい”のいまと未来。美味しいものは、生産者の方々なくしては語れません。作家かつ料理家として活躍し、全国の生産者の元へも足繁く通っている樋口直哉さんに、注目の生産者を訪ねてもらい、日本の食の現状と可能性を、生産の現場からひも解いていく。

今回は、埼玉県草加市にある住宅街で有機野菜を栽培している農園「チャヴィペルト」に足を運んだ。住宅街でも安心な、農薬を使わないオーガニックな農業。人々がつながる農園や有機野菜が新たな街づくりに与える影響とは?

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農薬を使わない農業には、新たな街づくりのヒントも

農園の労働力のミツバチ。ハーブや野菜の花から集められたハチミツも人気。ちなみに1匹の蜂が一生で集める蜜はティースプーン1杯程度

「動物性肥料を使うとパンチのある強い味わいになるけど、うちではどちらかというとえぐみを感じず、身体にすっと入ってくるように調整しています」
我々の身体が食べ物からつくられるように、野菜は土からできる。料理をはじめる前の段階から美味しさをつくる試みははじまっているのである。

決して広いとは言えない畑には多種多様な野菜が植わり、片隅ではハーブ類が栽培され、姫リンゴやバレンシアリトルレモン(オレンジ色の果肉をもつ小さなレモン)などの果樹、その下には蜂の巣箱がある。
「農薬を使わないのはミツバチのためという理由もあります。蜂が授粉を手伝ってくれることで、果実系の作目の収穫量は3倍程度まで増えました」

蜂は農園の協力者だが、もちろんハチミツも採れる。その味わいは時期によって異なり、夏は甘みが軽く、冬になると濃厚さが出る。

筆者(樋口)は農園の片隅に畑を借りて、仲間たちと週末農業を楽しんでいる。品種のこと、栽培についてなど中山さんから多くのことを教わった

都市農業と都市近郊農業は目的が違うと思うんですね。僕らは食材に対して、段ボールに入るサイズで出荷するということをしません。誰が使うのかというところからつくり込んでいきます。そうすることで町の中の食材庫として認識してもらえるんです」

料理人なら誰でも店の近くで採れた新鮮な野菜を使いたい、と思う。何よりも美味しいからだ。みずみずしい野菜からは生命力を感じる。食べることは命を自分の身体に取り入れることで、そこに美味しさの本質がある。

僕がチャヴィペルトを訪れるようになったのは2018年からだが、この間に農園にも変化があった。オーガニック系のスーパーや直売以外にもレストラン向けの取引が増えたのだ。

採れたての野菜を料理する贅沢。チャヴィペルトの野菜は都内でも「自然食品F&F」などで購入できる

「近年はレストランからのリクエストで栽培をはじめた野菜が多いです。たとえばイタリアのロングズッキーニと呼ばれるククッツァは取引先のシェフから『これ、つくってよ』と種を渡されて育てました。タルティーボやカステルフランコのような特殊な軟白野菜もつくっています。2020年くらい──新型コロナウイルス感染症の拡大以降、料理人の方々の意識が変わりましたね。それまでは料理に合わせて『こういう野菜が欲しい』というリクエストから野菜を育てるかたちでしたが『野菜に合わせて料理をつくる』という風に変わりました。シェフたちが畑に来るようになって、これまで捨てていた部分なども『これは使えるのでは』という風に生かしてくれる。飲食店の自粛期間などで、考える時間ができたのがよかったのかもしれません」

畑の片隅で筆者がつくった料理。バーニャカウダ、万願寺とうがらしの姫リンゴのソテー、カブの蒸し焼き……野菜の色かたちの美しさを損なわないことを心掛けている

たとえばカブの実はメインの付け合わせに、葉はパスタ、皮は出汁という具合に使い切る。農園側もコミュニケーションが取れているのでいまの時期に必要な野菜を送れる。産地から料理人、そして食卓へと人が運ぶ美味しさのリレーの中で、お互いコミュニケーションを取ることで美味しさは広がる。

「小売店ではその時期にない野菜も求められがちです。でもこんな風に採れた野菜を親しいシェフに送るかたちなら畑にも無理がないし、好みがわかるとこちらでも工夫ができる。無理がないことで作業的にも余裕ができるので、畑を増やしたり、新しい作物を植え付けたりという挑戦もできるんです」

チャヴィペルトを訪れるのはシェフだけではない。近隣の保育園に通う子どもたちや保護者、自治体の職員も訪れる。畑があることが街づくりにもプラスの影響を与える、と考えられるようになったからだ。

仲間たちと畑の片隅で食卓を囲む風景もしばしば。有機=オーガニックという言葉を辞書で引くと「多くの部分が集まり強く結びついて一個の全体をかたちづくる」とある。美味しさを生むのは、人と人のつながり。おしゃべりな畑では、いつも人と人とが語らっている。

《旬のカレンダー》
冬:大根、カリフラワー、白菜、春菊、ロマネスコ、ヤツガシラ、ケール、スイスチャード
春:新タマネギ、キヌサヤ、スナップエンドウ、ルッコラ、カブ、小松菜、アスパラガス
夏:ピーマン、トマト、ナス、ゴーヤ、モロヘイヤ、ツルムラサキ、空心菜
秋:カブ、大根、カリフラワー、ケール、ホウレンソウ、パクチー、スイスチャード、カーボロネロ

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チャヴィペルト
住所|埼玉県草加市氷川町2138-3
Tel|048-951-7083
営業時間|11:00〜20:00
定休日|日・月曜
www.chavipelto.co.jp
※春から収穫体験も予定
※オンラインショップ、ふるさと納税あり

text: higuchi naoya photo: Shimpei Fukazawa
2025年1月号「ニッポンのいいもの美味いもの」

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