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熊本県南小国町《喫茶 竹の熊》
小国ならではの自然環境を生かして誕生する「小国杉」

2023.10.19
熊本県南小国町《喫茶 竹の熊》<br><small>小国ならではの自然環境を生かして誕生する「小国杉」</small>

2023年5月、熊本県阿蘇郡南小国町に「喫茶 竹の熊」がオープンした。地場産品である小国杉を多用した建築は、美しい里山の風景と調和し、訪れた人々に南小国町の風土を伝えている。小国杉の伝統を守り受け継ぐ穴井俊輔さんの取り組みの背景にある思いとは?

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喫茶室から眺める里山の風景。水庭に近い視線の高さから楽しむ景観も一興だ。小国杉の丸太を使ったテーブルや籐の家具はオリジナル。喫茶 竹の熊の設計は建築家の下川徹さんが手掛けている

小国杉とは熊本県阿蘇郡南小国町及び小国町産のスギ木材を指す。そのはじまりはおよそ250年前の江戸時代、熊本藩が各戸に25本ずつ苗木を渡し、植林を奨励したことに由来するという。この地域は夏は涼しく、冬は氷点下10℃に及ぶ山間高冷地帯で、木目の詰まった良質なスギが育つ。品種は赤身(心材)と白身(辺材)のコントラストを特徴とするアヤスギと、強度と粘りに定評があるヤブクグリスギが中心。どちらも油成分が豊富なため、湿気に強く、多くがが住宅用資材に使われている。

穴井木材工場では温泉による地熱を活用した木材乾燥を行う。40〜60℃で乾かすため木の香り、油分、色合いがしっかり残る
こけら葺き屋根に使用されるという小国杉の樹皮。近年は樹皮を出荷する木材所が減っているそうで、貴重な材料

「穴井木材工場は、約60年前に祖父が創業。曽祖父や祖父の代が植林した山々を父の代が大切に育ててきました。私はそれをしっかりと受け継ぎたいと思っています」

地熱乾燥施設があるのははげの湯温泉。地熱蒸気が噴き出すこの地域では、蒸し場や暖房など生活に地熱を活用している
左側にあるのは樹齢270年ほどの小国杉。割れやソリを防ぐため木材乾燥は必須。木は外で乾燥させた後、地熱乾燥させる

南小国町で生まれ育った穴井さんは、大学を卒業後、都内のコンサルティング会社へ就職。3年勤めた後、ヘブライ語を学ぶためイスラエルへ留学。帰国後しばらく経って帰郷した。
 
「家業を継ぐために帰ってきたとき、林業の衰退を目の当たりにして危機感を覚えました。林業だけではなく、地域全体の高齢化と人口減少にも驚かされ、30年後この町はどうなるのだろうという問いが浮かびました。そして、2016年の熊本地震により、観光業をはじめ、阿蘇全体の産業が止まってしまったのですが、こういうときだからこそ、地域全体を照らす光となるような事業を起こしたいと考えました。その想いに共感してくださったクリエイターの方々と一緒に準備をしながら、2017年ライフスタイルブランドFILを発表しました」

穴井さんのご家族。FILのブランドマネージャー兼喫茶 竹の熊の番頭を務める妻の里奈さんと、息子の眞木さん、光起さん
おこわ、甘味、ドリンクのセット(2400円)。おこわには目の前の田んぼで栽培された米「あきげしき」と阿蘇産のもち米を使用

南小国町の人たちに備わっている生活・時間・心の豊かさ、その価値観や文化など、ここにしかない在り方を、情報とモノにあふれた現代を忙しく生きている人々へ、ライフスタイルを通じ、伝えていきたいという。幸せとは一体何か、豊かさとは……? ブランドを運営する側、プロジェクトにかかわるクリエイター、そしてこのブランドを好きになって購入する人にも、問い続けていきたい、と穴井さんは静かに熱く語る。
 
穴井さんの取り組みは、南小国町に新たな風も吹き込んでいる。スタッフに県外からの移住者が増え、喫茶 竹の熊やFILの旗艦店は県内外からのゲストで連日賑わう。地元の方にとっても、地域の誇りとなっているようだ。

読了ライン

小国杉の繊維でつくられたエプロンを着用するスタッフの方々
竹の熊菅原神社境内にある大ケヤキ。樹齢約1000年の地域の守り神だ

 

アロマから家具まで暮らしに取り入れたい小国杉
 
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text: Nao Ohmori photo: Kenta Yoshizawa
協力=九州観光機構

Discover Japan 2023年9月号「木と生きる」

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