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京都人作家・柏井壽がおすすめする
エリアで愉しむ京都の美味しい店
《いま美味しい京都日記帳》

2022.12.7
京都人作家・柏井壽がおすすめする<br>エリアで愉しむ京都の美味しい店<br><small>《いま美味しい京都日記帳》</small>

京都人・柏井 壽さんに、ガイドブックでもあまり書かれていないようなツウな店から、京都人が普段使いしている店、コロナ禍を経てもなお愛され続ける、通いたい名店までをおすすめの美味しい店として紹介していただきました。

柏井 壽(かしわい・ひさし)
作家。1952年、京都府生まれ。京都人ならではの目線を生かしたエッセイや旅紀行文を執筆。小誌連載「逸宿逸飯」のほか、『鴨川食堂ごちそう』(小学館)など著書多数

エリアで愉しむ京都の美味しい魅力

「西角」の甘鯛の塩焼き。脂ののった甘鯛を用いており、この日は愛媛の八幡浜で揚がったもの。年中味わうことができる名物。焼きの技が光る逸品

京都に限ったことではないのでしょうが、多くの飲食店はコロナ禍で翻弄され続けました。いえ、過去形ではなく、現在進行形で語るべきでしょう。さまざまな制約を受けた結果、店仕舞いしたところも少なくありませんし、これを機に、営業形態を変えた店も、新たにオープンした店もあります。一見したところ、何も変わっていないように見えて、京都の食シーンは日々変貌を遂げています。もちろん何も変わらない店もありますが、あれ?という変化はあちこちの飲食店で見掛けます。では、お客の側の意識はどうでしょう。これも千差万別ですね。以前と変わらず、東奔西走し、予約の取れない名店や、行列の絶えない人気店めぐりを続ける人たちもいれば、外食の機会が激減したという人もいます。これから先、京都の食はどうなるのでしょう。京都の飲食店の多くはコロナ前まで、インバウンドの恩恵に浴してきました。観光地にある店ばかりでなく、祇園界隈の高級店も、海外の富裕層といわれる人たちで賑わっていました。とある人気割烹でも、外国語でジョークを飛ばす場面にしばしば出くわしたほどです。最も大きな痛手を受けたのはこういう店で、その一方コロナ禍以前から、インバウンドとは無縁の店もたくさんあって、いまも変わらず賑わいを見せているのは、言うまでもなく後者のほうです。地元のお客さんを大切にし、一時の流行に乗ることなく、太い柱が一本通っている店。いま僕が足繁く通っている店を並べてみると、そんな店ばかりなのです。飲食店への制約がほぼなくなり、さて、どの店へ食べに行こうかと考えて、行き着いたのは、本当に食べたいと思える店でした。人気があるから、だとか、話題になっているから、とかの店はまったく視野に入ってきません。コロナ禍以前からそうでしたが、その傾向がよりいっそう強まったような気がします。当たり前のようにして続けてきた外食が、当たり前でなくなり、稀少な機会かもしれないとなれば、居心地がよくて、気軽に美味しいものが食べられる店に足が向くのは、当然の帰結だったように思います。

「西角」のカウンターにて。ご主人と息子さんも厨房に入り、奥さまが接客を担当。甘鯛と季節の蒸し物をメインにしたおまかせコース8800円、1万1000円とアラカルトがある

本題に入りましょう。

近頃僕がよく足を運ぶ店。その共通点は、さりげなさです。店の佇まいもさりげなく、料理はもちろん、そのもてなしも実にさりげないのです。京都の食というと、何カ月も前から予約しないといけない、とか、長蛇の列につかなければいけない、とか、とかく面倒な部分だけがクローズアップされ、ともすれば、そういう店でないと、京都では美味しいものにありつけない、といった印象を与えてきました。食通と呼ばれる有名人たちが、自慢げにこういう店での経験談を披瀝(ひれき)してきたことも一因でしょう。格付け本でも上位にランクインし続ける、とある割烹では、おまかせ料理いっせいスタート方式を取り、お客のワガママは許されません。すべてを店の主人にゆだねるのですが、超がつくほどの人気ぶりで、予約を取るのは困難を極めています。これらはしかし、普通の食と異なり、食事というよりイベントだと思ったほうがいいと思います。チケットを取るのも大変なら、曲目や演目もおまかせ。当然ながらいっせいスタート。客がリクエストできる余地はありません。そんなコンサートや舞台と同じだと思えば納得できます。イベント好きな方は、これら人気店を存分にお愉しみください。これからご紹介する店での食事は、すべてイベントではありません。ただ、どこも大きな店ではありませんから、事前の予約が必要な店は少なくありません。とはいえ、何カ月も前からではなく、1週間前をめどにすればおおむね大丈夫だろうと思います。ただし、紅葉や桜のトップシーズンに関しては、早めの予約が賢明です。京都旅の日程が固まったら、昼はさておき、気になる夜の店を予約しておきましょう。おすすめしたい店をこれからエリア別にご紹介することにします。

<上のほう>エリアにある「うたかた」で食べられるおばんざいのひとつ、香川県産のレンコンを使ったレンコンのごまじ和え。練りゴマをしっかり利かせた一品

京都人が言う〈上のほう〉からはじめて、〈西のほう〉、〈東のほう〉、〈御所の周り〉、そして〈南のほう〉です。それぞれのエリアの特徴を簡単に述べておきます。まず〈上のほう〉ですが、京都の街は南北で標高差があり、おおむね北大路通あたりは、九条通より60mほど高くなっています。それゆえ、北へ行くことを上る、南へ行くことを下ると言うのです。そのことから派生して、北のほうのエリアを〈上のほう〉、南のほうのエリアを〈下(しも)のほう〉と呼ぶ習わしになっています。〈上のほう〉はざっくりとですが、北大路通以北を言い、賀茂川を中心にして、比較的狭い東西の地域を指します。基本は住宅街で、文教地区でもあり、かつ、古くからの寺社が多い地域で、〈上のほう〉の店は、地元の人々向けが多いです。もちろん観光客を排除するわけではありませんが、地元の常連客に支えられているのは間違いありません。従って一部を除くと、うっかり通り過ぎてしまうほど、たいてい目立たない佇まいです。たとえば「うたかた」。上のほうの典型的な店ですが、新大宮通の北山通から少し南に下り、三筋目を東に入ったところにあって、昼間前を通り掛かっても、ここが店だとは誰も気づきません。〈御所周り〉は、由緒正しい土地ですから、環境はすこぶる良好です。祇園や先斗町のような華やぎはありませんが、端正な街並みは、京都随一といっても過言ではありません。そんな場所には、古くからある店や、最近できた店など、通い詰めている店が何軒もあります。コロナ禍がひと段落して、頻繁に足を運ぶようになったのがこのエリアなのは、心安らぐ場所だからのように思います。豆餅目当ての行列が絶えないお菓子屋さんは、出町桝形商店街の入り口にありますが、その裏手の細道に暖簾を挙げているのが「西角」です。和食の店ですが、気軽に足を運べ、地元のお客さんでいつも賑わっています。〈東のほう〉は東山にも近く、さらには美術館や「ロームシアター京都」などの施設も近いので、さまざまなバリエーションの飲食店があります。秋ともなれば紅葉の名所が目白押しの東山地区ですから、紅葉狩りの後先に食事を、というときに重宝します。〈西のほう〉は観光客の方には馴染みが薄い地域かと思いますが、嵐山や嵯峨野をめぐるときには、こちらの飲食店は中継地点として役立つと思います。〈南のほう〉は、おおむね四条通より南を指していますが、京都一の繁華街から京都駅まで、さらに南に下ると伏見や宇治に至るまで、それぞれ賑わっています。

こうしてエリア分けをしましたが、京都は狭い街ですから、〈上のほう〉から〈南のほう〉まで、どこを起点にしてもさほど移動に時間はかかりません。もちろん先に述べたように、時間を掛けないのがベターではありますが、ちょっと足を延ばすのも、京都ならではの愉しみ。ぜひ美味しい京都を堪能してください。

<上のほう>エリアで江戸前鮨がいただだける「鮨 かわの」にて、取材班の姿が見えなくなるまでお見送りしてくださった店主の川野光貴さんと奥さまのえりかさん
<西のほう>に佇む「洋食彩酒 アンプリュス」にて、店主の有馬さんと。カウンターには有馬さんが「ぎをん 萬養軒」の料理長時代にいただいたという形見もある

 

「上のほう」で愉しむ
京都の美味しい店

 
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photo: Katsuo Takashima, Azusa Todoroki, Toshihiko Takenaka, Ko Miyaji
Discover Japan 2022年11月号「京都を味わう旅へ」

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