寛永時代に花開いた
多彩な文化とは?
|香道、茶道、書道…
長い戦乱の世が終わり、安寧の世の到来を感じさせる寛永年間には、今日にも名を馳せる数多くの文化人が活躍。いま“日本文化”ととらえられている多くの芸能や文化が花開いた。
《書道》

近世の書の世界を豊かにした「寛永の三筆」
松花堂昭乗・近衛信尹・本阿弥光悦はこの時代を代表する能書家であり、「寛永の三筆」と称される。室町時代から受け継がれてきた書流である青蓮院流を学びながら、三者三様の新しい書風をつくり出した。中でも松花堂昭乗は弘法大師空海の書流を継ぐ大師流も学び、古典を瀟洒に書いた色紙帖も多く残している。
《茶道》

千利休の後継者たちが流派を発展
千利休の孫、千宗旦は利休切腹後衰えた千家の再興に力を尽くし、利休が確立した“わび茶”を探求。後水尾天皇の中宮和子にも、茶を指南したという。さらに、宗旦の息子たちが現在の表千家・裏千家・武者小路千家を築いていく。京都府八幡市の松花堂庭園に残る茶室・梅隠(写真)は、宗旦好みの四畳半の茶室を再現したもの。
《香道》

殿上人の愉しみが町人層にも伝播
後水尾天皇は多数の香に自ら銘を与え、中宮和子は香道を熱心に学んだ。和子を指導したとされる米川常白が興した米川流は江戸時代を通じて隆盛を誇り、殿上人の趣味「香道」は町人層にも広がっていく。常白も考案に協力したという盤物は、江戸中期にかけ流行した組香のひとつ(写真は19世紀作)。
《工芸》

マルチクリエイター・本阿弥光悦の活躍
本阿弥光悦は書画、陶芸、漆芸とあらゆる分野でマルチな活躍を見せた寛永文化人の一人。中でも「光悦蒔絵」といわれる華麗な蒔絵作品には、いま見ても垂涎の技巧が凝らされている。写真の硯箱は蓋を山形に高く盛り上げた大胆なデザイン。後撰和歌集の歌をモチーフとし、切り抜いた銀の板で散らし書きを表現している。
《庭園》

茶人でもある小堀遠州の
「綺麗さび」が庭づくりにも
茶人大名・小堀遠州は作庭にも優れ、建築と庭園が調和した「庭屋一如」の技法を確立した。写真は、僧の以心崇伝が将軍家光を迎えるため、寛永期に遠州に改修させた金地院「鶴亀の庭」。直線的で平らな石を巧みに配した枯山水庭園は、遠州の美意識「綺麗さび」が投影された好例だ。
《華道》
池坊専好(二代)が立花の様式を大成
床の間の前身である押板や、違い棚に置く座敷飾りのひとつだった花が、独立して鑑賞されるようになったのは慶長期(1596~1615年)。さらに寛永の頃になると池坊専好(二代)が、大自然の姿をうつわの上にダイナミックに表現する「立花」の様式を大成した。
《絵画》
狩野派と琳派の先駆者が魅せる
デザインの革新
二条城の障壁画を手掛けた狩野派とともに、琳派の祖と仰がれる俵屋宗達が活躍した寛永期。それまで盛んに用いられた金雲からのぞき込むような構図は徐々に少なくなり、余白をダイナミックに生かした構図の絵が多数誕生。宗達『風神雷神図屏風』のオマージュ的作品を元禄期に尾形光琳が描くなど、後世への影響も絶大だ。
《着物》
寛永のファッショニスタ・中宮和子が
「御所染め」の流行をつくった?
徳川家から後水尾天皇に嫁いだ中宮和子(東福門院)は、武家のモードの中心だった小袖を宮中に持ち込んだとされている。宮中御用の呉服商「雁金屋」に、自分用に加え、女官から下女にまで贈り与えるため、華やかな小袖を大量に発注した記録が残る。それらの着物が手本となり、「御所染め」が流行したとも。
《能楽》
武家の嗜みが宮中や庶民へ!
武士の芸能が市井にも広がる
室町時代に武士の芸能と位置づけられた「猿楽(能)」は江戸幕府において式楽となり、代々猿楽を行う家に生まれた役者は幕府のお抱えに。後水尾天皇が二条城で見たのは、この武家の芸能「猿楽」である。寛永期には猿楽者のほか町の能役者も活躍し、公家・武家・町衆と各階層に能好きが集うサロンが数多く形成された。
寛永は文化が庶民に広がる時代だった!
「書画や和歌、花を愛した後水尾天皇を中心に、いくつもの文化サロンが生まれたのが寛永の頃。譲位後、後水尾上皇が開いた立花会には僧侶や町人なども集うなど、当時は階層を越え、自由な交流が行われたようです」と梅原さん。
寛永行幸の立役者の一人、小堀遠州は行幸前後に茶会を幾度も開き交流を促した茶人で、この頃名園を数多く生んだ作庭家でもあった。絵画では狩野探幽や俵屋宗達、書では松花堂昭乗・近衛信尹・本阿弥光悦の「寛永の三筆」、華道の池坊専好(二代)、茶の湯では千宗旦、工芸の本阿弥光悦など綺羅星のごとき文化人が活躍した。

そして芸道の「型」が確立されてくるのも、この時代だという。
「『型』があればまねができ、それまで一部の創造者のものだった文化が庶民に広がっていく。寛永文化は、いま『日本文化』と呼ばれるものの源流ともいえます」
時代を超え、いまの日本文化の守り手が、寛永行幸四百年祭を機に、何を伝え、感じてほしいのかも気になるところだ。
line
text: Kaori Nagano(Arika Inc.) photo: Mariko Taya
2025年12月号「京都/冬こそ訪れたいあの旅先へ」































