長い年月を経て育まれた自然の恵み
「奇跡の森」沖縄島北部【前編】
《世界自然遺産をめぐる旅》
2021年7月26日、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」が新たに世界自然遺産に登録されました。各エリアの見どころや評価されたポイントを「生物多様性」をキーワードに紹介していきます。
沖縄島の暮らしを支えてきた、亜熱帯の豊かな大自然
沖縄島北部は「山々が連なり、森の広がる地域」という意味でやんばる(山原)と呼ばれ、林業が営まれながらも、生物多様性が高いエリア。世界自然遺産に登録されたやんばるの魅力を紹介。
琉球列島最大の沖縄島は南北に細長く延びており、森林や渓流、美しいビーチなど、自然豊かな北部のやんばるエリアではアウトドアを楽しむ人も多い。
やんばるの森は昔から人々の暮らしにとってなくてはならない存在だった。沖縄島の中南部には山がなく、琉球王朝時代から近年まで火をおこす薪や炭、建築資材となる材木はすべてやんばるの森が担っていた。どんなに深い森に入っても、炭窯跡や琉球藍の藍壺跡、そのそばで人々が暮らした形跡があり、当時の生活をほうふつとさせる。首里城の造営や改築の際に国頭村から首里王府へ材木を運びながら歌った「サバクイ」は琉球舞踊として残り、余興や舞台で披露されることもある。
今回、世界自然遺産に登録されるのは最北端の三村(国頭村、大宜味村、東村、以下やんばる三村)をまたぐ山地。主な植生は、スダジイやイジュが優占する亜熱帯照葉樹林。その森の中でも、樹洞が自然にできるほどの樹齢を迎えた大木は、絶滅危惧種であるヤンバルテナガコガネやケナガネズミなどをはじめとする多様な動植物のすみかになっている。さらにアルミホイルをクシャクシャにして広げたような尾根がモザイク状にあり、無数の沢にさまざまな生物が共存している。
沖縄島は亜熱帯性気候だ。亜熱帯地域は高気圧が発達しやすく雨が少ないため世界的には砂漠や乾燥地帯が多いが、海に囲まれた沖縄島では南からの暖かい黒潮海流と大陸から流れてくる季節風がぶつかり合って雨を降らせ、温帯・亜熱帯地域の生物が息づく森を形成している。
やんばるの森でしか出合えない固有種の代表は飛べない鳥のヤンバルクイナや県鳥にもなっているキツツキのノグチゲラ、鳴き声が美しいホントウアカヒゲ、夜行性のカエルの仲間なら鮮やかな苔の模様をしたオキナワイシカワガエル、茶色い岩にそっくりのナミエガエルなどだ。昔はもっと南の恩納村あたりまで生息が確認された種もいるが、現在これらの存在が確認できるのはやんばる三村だけになった。原因はさまざまだが、外来種の問題は深刻だ。たとえば約100年前にハブやネズミ類を駆除する目的で南部で放たれたマングースは、繁殖を繰り返しながら北上を続け、ハブよりも容易に捕獲できるヤンバルクイナなどを捕食し、生息数を大きく減少させた。世界自然遺産に登録されたいま、ごみの不法投棄やロードキル(交通事故)など解決すべき課題は多い。
text: Kiyomi Gon photo: Tsunetaka Shimabukuro
Discover Japan 2021年8月号「世界遺産をめぐる冒険」