Stay homeの友に紙の本を
ミシマ社 三島邦弘さん
東日本大震災をきっかけに、京都と東京・自由が丘の2拠点で出版社を経営する三島邦弘さん。新しい働き方を模索し実践してきた三島さんが、コロナ危機によってこれまでの働き方が見直されてきているいま、感じることとは?
三島邦弘(みしま・くにひろ)
1975年、京都府生まれ。京都大学文学部卒業。出版社2社で単行本の編集を経験した後、2006年、単身、ミシマ社を設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、ジャンルを問わず一冊入魂の本を刊行している
Stay home! 日本中、いや、世界中で、人々がいま最も口ずさむ言葉がこれかもしれません。新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、人との接触を最大限減らす。働き方も、自宅勤務、テレワークへとどんどん切り替わっています。
かく言う私たち(ミシマ社という出版社です)も、実践しています。ただ、今回急に変わったわけではありません。2011年3月11日に起きた東日本大震災を機に、京都にも拠点を置きました。以来、東京・自由が丘との2拠点で運営しています。
震災の起こった日の夜、東京では帰宅難民があふれました。あのとき、「一極集中」の脆さ、衣食住を切り離して生きることのリスク、怖さが浮き彫りになりました。あのつらい経験からせめてもの学びとして得たもの、それが、「大都市依存の生活はやめましょう」……だったはず。なのに、まるでそんな経験などなかったかのような日常へと社会は戻り、むしろ東京一極集中は加速。やれ五輪だ、やれ株価最高値更新だと。
そうした流れとは一線を画するように、私たちは自分たちの軸足を東京から京都へと年々、移してきました。いまでは14名のメンバーのうち9人が京都にいます。ちなみに、両オフィスとも2階建ての古民家です。そしてメンバーの大半は自転車通勤できる距離に住んでいます。
なので、今回の「コロナ」以降も、ほぼ働き方が変わっていません。風通しのいいオフィスで密にならずに働けますし、東西でのリモートワークはずっとやってきましたから。職場がstay homeの状況に限りなく近い、と言えます。
とはいえ、最初からうまくいったわけではありません。自由が丘一拠点のときは、本づくりも会社運営も、どちらかといえば「以心伝心」スタイル、つまり「密」でないと成り立たないやり方を取っていました。なので、2拠点になってから、急にメンバーとコミュニケーションがままならなくなりました。「え? 新刊の営業できてなかったの? 来週発刊だけど」、「ええっ? 著者に確認せずに校了しようとしてたの??」。こんなことだらけでした。
まあ、何事も経験だな、と痛感します。5年ほど経った頃から、リモートで質を落とさない、どころか以前より遥かに熱量を込めてつくり、質の高い仕事ができるようになった。と私自身、感じるようになりました。その延長上に、現在があります。会社もまた生き物。新しい環境にちゃんと対応していくものですね。
人と人が空間と暗黙知を共有し、密に対話し、ときに熱く意見をぶつけ合うことで、質の高い作品ははじめて生まれる。こういう意見が多いのはわかります。異論ありません。が、一方でこうも言いたい。だからといって「満員電車のような濃厚接触は要らないんじゃないですか」。
対面でコミュニケーションする。そのために、不必要であまりに過剰な接触をしてきた、といえないでしょうか。それに、満員電車の先に待っていた会議で、本当に有用なものはどれほどあったでしょう?
コロナ終息後、元に戻るものもあるだろうが、できれば今回体感したsocial distancing work&lifeは手放さないでいたい。そして通勤等々で奪われていたエネルギーや熱は、本づくり、仕事づくりそのものにあてたい──。
ところで、現状下、自宅で過ごすことが多くなり、本と接する時間も増えているようです。暇だから。これが一番大きな理由でしょうが、もうひとつある、と私はにらんでいます。それはこういう仮説です。人との接触を断たれた生活を強いられる中、本という「物質」との接触を人々が求めだしている。
確かに、紙は高温の熱処理を経て精製される「熱の産物」です。その紙に、著者、編集者、校正者、デザイナーら多くの人たちの手を経て練り込まれたデータを、印刷所の職人が技術を生かして刷る。つまり、本にはリアルな熱とともに、人々の熱量と技が込められているのです。
何かと触れ合わないと生きていけない生き物。もし人間がそうだとすれば、少しでも温かなものを欲するのはごく自然な行為でしょう。そのひとつが紙の本である。その意味で本は生活必需品であるとも言えます。stay homeの友として、闇の中の一筋の光のように、私たちのすぐそばで紙の本は待っています。
三島邦弘選!stay homeのお友
『パルプ・ノンフィクション 出版社 つぶれるかもしれない日記』
著者|三島邦弘
価格|1980円
発行|河出書房新社(2020)
ミシマ社の働き方、本づくりに向き合う姿勢が代表の三島さんによって熱く語られている。今後の働き方を考える上でも参考になる内容だ
『今日のガッちゃん』
作|益田ミリ
絵|平澤一平
価格|1650円
発行|ミシマ社(2020)
「この時期、文字を読むのがつらいという方におススメ! たった2コマで世界が違って見えてくる。そんな一冊です」
執筆=4月15日
texs:Kunihiro mishima illustrator:Michiharu saotome