京都「両足院」伊藤東凌に聞いた
“どこでも瞑想”で、ととのう。
前編|両足院に足を踏み入れ瞑想を知る
瞑想は寺だけのものではなく、誰もが取り入れられるセルフケアだ。日々の暮らしに気軽にプラスできる瞑想のメソッドを京都の古刹・両足院の伊藤東凌さんにうかがった。
両足院 副住職
伊藤東凌(いとう とうりょう)
両足院に生まれ育ち、2008年に副住職となる。建仁寺派専門道場にて修行後、20万人以上に坐禅指導を担当。現代アートにも造詣が深い。2023年には『Newsweek』にて「世界が尊敬する日本人100人」に選出。
「大切なのは、心の平穏と
本来の感覚を取り戻すことです」

京都・東山にある禅寺の両足院。世界中からツーリストが訪れる祇園のただ中という立地が、にわかに信じ難いほどの静けさと安らぎに包まれている。心と身体をととのえるのに理想的と思える環境で、副住職の伊藤東凌さんが迎えてくれた。

禅宗と聞くと坐禅を連想し、その“型”が頭の中に浮かんでしまう人が多いだろう。「本格的に坐禅に取り組もうとすると、仏教の無常・無我を体得していく世界になります。その手前が瞑想。かたちにとらわれず行う瞑想は、日常のセルフケアにもつながると思います」と東凌さん。では、瞑想することで何が得られ、何が変わるのか。「瞑想の基礎は、自分で自分の状態をととのえられるということ。本当はこちらだとわかっていながら無意識に流されてしまうことがありますよね。少し立ち止まることで、自分をととのえ直すことができるのが瞑想です」
両足院に足を踏み入れ、
頭と身体を再起動する

両足院では現在、指導付きの坐禅体験を行っていないが、瞑想の入り口はさまざまに用意されている。たとえば茶席体験。
「作法以上に大切なのは敬いの心です。極端に言えば、抹茶である必要もない。お客さまのためだけに用意した道具を目の前で清め、目の前で味わっていただき、目の前できれいに片づける。その一連の行為を共有することが大切です」

「クラフトメディテーション」と位置づけられたお守りづくり(結守)体験もユニークだ。紙に願い事をしたため、丁寧に折りたたみ、自分が選んだお守り袋に入れて結ぶ。一見すると、瞑想とは無縁にも思えるが、自分の願いと向き合うことで自然と内省がはじまり、手を動かして仕上げるうちに心が凪いでいく。「かわいい」、「おもしろそう」という気軽なきっかけではじまる、現代的な瞑想体験といえるだろう。このほかにも、お鈴の澄んだ響きが安らぎをもたらすサウンドメディテーションなども。

両足院という特別な「場」で、やはり一度は坐禅を体験してみたい。そんな願いをかなえるのが、セルフ坐禅体験だ。僧侶による指導はなく、用意された封筒の案内に従って自ら坐する。
「誰かに教わると“いい教えを得た”という、ある種の依存が生まれやすい。そうではなく、自分で考え、学び取り、気づく。その主体的な変化こそが大切です。お寺は、主体的な意識転換のプラットフォームでもあるのです」

ミニマルな美が宿る禅宗建築に身を置く。庭園の凛とした表情。風の揺らぎ。鳥のさえずり−−。それらを通して何かを手放し、何かをつかみ取った感覚は、鮮明に心に刻み込まれ、日々の指針となるだろう。
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text: Aya Honjo photo: Mariko Taya
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