FOOD

HAL YAMASHITA
《山下春幸》シェフが考える、
日本の食文化の未来
後編|これからの時代の“美味しい”の本質を知る

2025.7.6
HAL YAMASHITA<br>《山下春幸》シェフが考える、<br>日本の食文化の未来<br><small>後編|これからの時代の“美味しい”の本質を知る</small>

第一次産業の後継者不足、気候変動による生産地の変化、消えゆく食材と地方食文化など、日本の食はさまざまな問題に直面している。そういった課題を解決するために、キッチンから大学の教壇、国連までさまざまなシーンで多角的に活動しているシェフ・山下春幸さんに日本の食文化の可能性と未来についてうかがった。

山下春幸(やました はるゆき)
HAL YAMASHITA東京本店エグゼクティブシェフ。一般社団法人日本飲食団体連合会副会長。2010年、シンガポール、2012年、アラブ首長国連邦にてワールドグルメサミットに日本代表として選出され、2010年には世界最高位を獲得。現在は、慶應義塾大学の特任教授も務めながら多くのプロジェクトに従事。

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これからの時代の、“おいしい”とは何か?

旬の真鯛を塩と酒だけで調理し、シジミ、アサリ、菜の花と出汁で和えた初夏のひと皿

日本の食が崩壊の危機にある要因のひとつは、生産者の問題。高齢化が進む中、適切な収入が確保されないために第一次産業はどこも後継者不足で、水産に代表されるように資源も減っているという。「もうサンマが1匹数十円の時代ではなくなりました。また、どの業界でもいわれている人材不足問題は、飲食業界でも同じ。料理人を志す人が少なくなって、技術継承が途絶えつつある。わかりやすくいえば、魚をさばけない料理人が増えています」

山下さんはそういった食の社会問題をより広く発信し、課題解決につながる取り組みを研究するために、2022年より慶應義塾大学大学院 特任教授として「環境問題」、「先端農業」、「フードマーケティング」、「新調理プロセスの定量化」を専門に教鞭を執っている。

慶應義塾大学大学院で特任教授を務め、「Education(教育)」、「Evidence(根拠)」、「Economical(経済的)」のアプローチで食と料理をとらえ、在来種保存や食レシピの共通データ化を行い、世界に発信中

「これまで料理人は感覚と感性で生きてきましたから、レシピを科学的なエビデンスに基づいてデータ分析し、言語化、数値化する必要がある。そして、それを広く世界に発信して標準化するのが大きな目的のひとつ。そのために大学内のコンソーシアムとして『慶應義塾大学SFC研究所 食・フードサイエンス&テクノロジー共同研究機構』も立ち上げ、料理人や生産者だけでなく物流、小売、メーカーや学生とともに食の課題解決につながる研究に取り組んでいます」

コンソーシアム『慶應義塾大学SFC研究所 食・フードサイエンス&テクノロジー共同研究機構』の様子

また、消費者としての大きな問題は、心身の健康のために食べるべきものを見極め、何をどう食べるかを選ぶ「選食力」が低下していることと話す。

「特に子どもたちの食育です。現代の日本は食の多様化が進む中で、ハンバーガーやピザ、ラーメンなど食生活が偏っている子が多い。素材の味や日本ならではの季節感に触れる機会がほとんどなく、健康や食文化継承に悪影響を及ぼしかねない。ただ、そもそも経済状況によって『選ぶことができない』という状況も目の当たりにしています」

年に一度チャリティパーティを開催し、その売上の全額を国連世界食糧計画(WFP)に寄付し続けていたことが縁となり、協会顧問に就任。子どもたちへの支援活動を行っている

山下さんは2008年より国連世界食糧計画(WFP)の協会顧問を務め、幼い子どもたちに食を中心とした支援活動を行い、近年は子ども食堂や障がい者支援などのフィールドワークを通して食べ手のリアルに触れている。

「先日も驚いたのですが、子ども食堂に行ったとき、誕生日の子がいました。その子の前に、ケーキにろうそくを立てて火をつけ、ハッピーバースデーを歌った後、火を消さなかったのです」。山下さんがその理由を聞くと、誕生日を祝ってもらったことがないから知らなかったのだという。
「シングルマザーのお母さんが『してあげない』のではなく『できない』家庭環境がある。それが港区での話なんて、現場に行かないと知り得ないじゃないですか。そういった家庭ごとに異なる諸問題は、多くの人に知ってもらうことが大事なので、話を聞く会を少人数からでも開催していきます」

「発信しながら自分も日々学ぶ半教半学です」と山下さん

キッチンだけでなく多様な食の現場で精力的に活動する山下さんに、あらためて『美味しい』とは何かを聞いた。

「過剰なグルメブーム、次々と変わるトレンド、予約の取れない星付きレストラン……。それらも食の価値の一側面ではありますが、『美味しい』の本質は味ではなくシーンだと考えています。そこで重要なのは高級感や稀少性ではありません。肝は、心が喜び、記憶に刻まれる食体験になったか。そういった食シーンをひとつでも多くつくり、日本が誇る豊かな食文化を未来に紡いでいくために、今後もさまざまな取り組みに邁進していきたいです」

山下春幸さんが、
食の未来のために大切にしている3カ条

「選択肢が多いからこそ何を食べるのか?素材そのものの味や旬を愉しみ、心身が喜ぶものを味わってほしいです。

①選食力

そのときの心身の調子に応じて、正しいものを正しく食べるために選ぶ力。「お子さまがいらっしゃるご家庭は、選食力を意識した食育が重要だと思います」

②季節

「二十四節気で変わっていく食材の走り・旬・名残を堪能できるのが和食の一番の魅力。それらを発酵など日本古来の調理法で食べるのが理想です」

③素味

「日本人は、素材そのものの繊細な味を感じられる世界有数の民族。食材自体の質も高いので、まずはそのまま食べて味を知ることを大切にしています」

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「HAL YAMASHITA東京本店」の“禅 ZEN”をテーマにしたモダンジャパニーズスタイルの料理は、国内外の美食家を魅了し続けている

HAL YAMASHITA東京本店
住所|東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン
GARDEN TERRACE 1F
Tel|03-5413-0086
営業時間|ランチ11:00~15:00、ディナー17:30~23:00
定休日|月曜(祝日の場合は翌日休。ほかは施設に準ずる)
www.hal-yamashita.com/jp

トップシェフが考える食の未来
01|和食に秘められた可能性
02|これからの“美味しい”はどうなる?

text: Ryosuke Fujitani photo: Kenji Okazaki
2025年6月号「人生100年時代、食を考える。」

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