TRADITION

妖怪と日本人の歴史 〈近代〜現代〉
|科学の発展もあり、妖怪から幽霊に

2026.8.24
妖怪と日本人の歴史 〈近代〜現代〉<br><small>|科学の発展もあり、妖怪から幽霊に</small>

日本人にとって「妖怪」とはどのような存在であるのか。古代から現代まで、そのかかわりの変遷をたどってみよう。今回は近代〜現代の妖怪と日本人の関わりについて兵庫県立歴史博物館 学芸課長の香川雅信さん監修のもと迫っていく。

監修=兵庫県立歴史博物館 学芸課長
香川雅信(かがわ まさのぶ)
1969年、香川県生まれ。日本ではじめて妖怪研究で博士号取得。日本民俗学が専門で、研究テーマは妖怪と玩具。『妖怪を名づける 鬼魅の名は』(吉川弘文館)など著書多数。

〈近代〉
Q. 明治時代の妖怪はどんな存在?

A. 医学の発展、カメラの誕生……。
一部の人にしか見えないものに
江戸時代にフィクションとして楽しまれた妖怪は、明治時代に「幽霊」として再びリアリティを取り戻していく。その契機となったもののひとつに心霊写真が挙げられる。客観的に物体や現象をとらえる写真技術が日本に伝わったことで、「幽霊(妖怪)は本当に実在するのではないか」と考えられるようになった。同時に、幽霊は皆に認識される存在ではなく、人間の神経や写真装置といった、特定の条件が揃ったときにのみ見える特別なものであるという地位を確立。ここから心霊科学への注目はさらに高まっていき、幽霊を科学的に解明しようという動きが活発になっていく。

Q. 明治になって妖怪はどうなった?

足利尊氏の家臣・大森彦七が背負う女は実は鬼女という『太平記』の話に基づく絵。水面に映る女の影には角が描かれ、妖怪を「見る」人間が主に描かれている
月岡芳年『新形三十六怪撰 大森彦七道に怪異に逢ふ図』1889(明治22)年/国立国会図書館デジタルコレクション

A. 妖怪ブームは下火に。
見える「私」が着目される
明治時代には、キャラクター化された妖怪たちは鳴りを潜める。右絵のように、妖怪そのものよりそれらを「見てしまう私」に焦点が移ったといえよう。その背景には欧米医学の日本での普及がある。「神経病」という言葉が知られるようになり、妖怪を“病んだ神経が見せる妄想”としてとらえる動きが高まったのだ。「近代は、見通すことのできない部分を抱えることになった人間の心身に妖怪がすむようになった時代。それが『幽霊』といえます」と香川さん。

〈現代〉
Q. 現代に妖怪はいるの?

月岡芳年『新形三十六怪撰』「小早川隆景彦山ノ天狗問答之図」1892 (明治 25)年 /国立国会図書館デジタルコレクション

A. 妖怪ではなく、幽霊が主となった
江戸時代に描かれた妖怪が、現代の日本人が思い浮かべる妖怪の走り。香川さんは「キャラクター化された妖怪を除き、伝統的な妖怪はほとんど残っていないと考えていいでしょう。いまも残っているのは『幽霊』と『ツチノコ』ですね」と話す。ツチノコはヘビの妖怪で、日本最古の妖怪のひとつだ。江戸時代には「野槌」と呼ばれたが、『日本書紀』には草の神である「草野姫」の別名として記され、鎌倉時代の仏教説話集『沙石集』では、目も鼻もなく口だけの、人を食う化け物として書かれている。

Q. 現在、これからの幽霊の特徴は?

A. 対話ができない=恐怖に。「断片化」されていく
現代は幽霊の「断片化」が進んでいるという。江戸時代までの幽霊は人間の姿をしており、人格があった。しかし現代の幽霊は、手しか見えないなど断片的なものが多く、コミュニケーションが取れないのだ。「現代人がコミュニケーションを苦手とするようになったのも影響しているかもしれません。幽霊が人間の姿で恨み節を口にしていれば、コミュニケーションを取ろうとしますよね。いまの幽霊は一方的に生きている人を呪ったり、苦しみを与えたりしてきますから。近年、幽霊の急速な変化を感じています」

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