TRADITIONS

対談:佐野登×野村萬斎 きっと能が観たくなる「能のいろは」1

2017.1.20
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日本文化に関心の高い人でも、「能はハードルが高い」と感じる人は多いのではないでしょうか。突然ですが、そんな方にお知らせです。 1月28日(土)、私たち『Discover Japan』後援の能公演が開催されます。2回目となる今年は、佐野登さんはじめ、狂言師・野村萬斎さんも登場する特別な演目です。今回は、公演に向けて出演者の佐野登さん、野村萬斎さんに知っておきたい「能のいろは」を教えていただきました。知れば知るほど観たくなる、「能の魅力」をdiscoverしてみましょう。
 

佐野 登(写真右)

宝生流能楽師シテ方。宝生流十八代宗家宝生英雄に師事。演能活動や謡曲・仕舞の指導を中心に、日本の伝統・文化理解教育を行うなど現代に生きる能楽を目指し積極的に活動

野村萬斎(写真左)

和泉流能楽師狂言方。祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。国内外で多数の狂言・能公演に参加、普及に貢献する一方、現代劇や映画・テレビドラマに出演

能も狂言はとてもシンプル。だからこそイマジネーションで楽しめます

―お二人のつき合いは長いんですか。
 
佐野登(以下、登) つき合いとなると祖父の世代からですよ(笑)。
 
野村萬斎(以下、萬斎) 登さんは、気の優しい車好きのお兄さんという側面もありつつ(笑)、本質的なことを話せる人。以前、中島みゆきさんの「夜会」というライブに出演できるシテ方能楽師を紹介してほしいと相談を受け、登さんを推薦しました。外の世界に、柔軟に対応でき、かつ、自分の芯は大事にしながら渡り合える人。思い浮かんだのは登さんでした。
 
 ありがたいことでした。萬斎さんは能以外の世界と交わる経験も豊富ですから、教えてもらうことも多いですね。あの時も、挑戦者の立場でもありますけど、観客は能楽の代表者として見ますよ、とアドバイスをしてくれて。
 
―はじめて能楽に触れる観客も多いでしょうしね。ところで能も狂言も「能楽」と括られますが、両者の違いもうかがえますか。
 
萬斎 私たちは、最近では「狂言師」と呼ばれることも多いし、狂言だけの公演もやります。同時に、基本的には狂言方の能楽師でもあり、能の中で「間狂言」と呼ばれる狂言パートを務めるのも大きな仕事。料理にたとえると、能が濃厚なメインディッシュなら、狂言は皿と皿の間に運ばれてくるワインのような役割と思っていただくのがいいかと思います。
 
 能の場面を味わったあと、狂言で声のトーンや所作が変わることで、笑えたりもしますものね。
 
萬斎 ですから、能が人間の情念や業といったものにスポットを当て、大きな世界をギュッと凝縮するものだとしたら、逆に狂言は日常的な心情を俯瞰して、発散させるところがあるんじゃないかと。また、能と一緒に並ぶからこそ、身近な笑いで勝負をしたい。そういう反骨精神が狂言の表現を高めたところもあると思います。
 
 だから出発点は同じでも、両輪というか、両方とも必要な表現なんでしょうね。ただ、勘違いしてほしくないのは、狂言はわかりやすく、能はわかりにくい、ということでは決してないということなんです。たとえばセリフでも、たしかに狂言の会話は現代人でも聞きとりやすいですが、能には節がついたりすることで、そもそも言葉の伝え方が違うんですよ。
 
萬斎 能にはサウンドとして、鼓や笛などの囃子方も、地謡というコーラスも入りますしね。
 
 狂言は音や擬音を口で言いますよね。扉を「がらがらがら」と言いながら開けたり。あの表現はうらやましく思う時も(笑)。
 
萬斎 それはこちらも一緒(笑)。
 
―また、能も狂言も「型」が重要で、同じ表現でもそれぞれに決まった型がありますね。
 
萬斎 型については、ある種その通りにやれば、ある記号として理解されるというデジタル的な特性はある。ただ、最終的には、きちんと内なるものが表現されているかどうかが問題で、そこは古今東西の演劇と同じです。だから、型から入るか、気持ちから入るかっていうのは演技方法の違いでしかない。でもおもしろいのは、型をやれば何かが見えてくるというプロセスの中で、「なぜそういう動きやアプローチなのか」、「なぜここに間が必要なのか」っていう理由は、後から埋まってくるんです。
 
 そこが埋まってくるとより大きな表現ができたり、そこではじめて工夫する余地が出てきたりしますよね。ただ、そこに行くまでは、質問も御法度ですから。とにかく「黙ってそのままやれ」と。まずは繰り返すことが重要なんです。若い頃、宇崎竜童さんに「君たちは右に回るところを左に回ってみたりはしないの?」って聞かれたんですよ。「いや、決まったことをしなきゃいけないんです」と返すと、「つまらなくない?音楽にはアドリブの世界もあるよ」って。その時、私が答えたのは、「同じように回るのでも、個々に違うんです。だから左に回りたいとか、右に回るのが不満だとかは思ったことがないです」ということ。当時、私はまだ大学生でしたから、多少、頭でっかちにそんなことを言った記憶がありますが、実際、本当にそれはまったくつまらなくはないってことがわかってきたんですね。すると、型というものがより自分の表現にとって意味をもってくるようになりました。
 
萬斎 演劇という芸術として広い目で見れば、型は、それによってお客さんのイマジネーションを広げるための道具だと思うんです。あと、最近ニュースでもバラエティー番組も全部テロップを出すでしょう? でも、あまり親切になり過ぎてはいけないんじゃないかなと思うんです。能も狂言も一見、難しく感じられるかもしれないけど、シンプルだからこそ想像力で遊べる余地も大きいわけで。
 
 映画でもテレビでも、白黒がカラーになり、3Dになり、じゃあ次は何? ってなりますけど、私たちは無理にそこに合わせなくても、豊かな世界を味わってもらうことができる。たとえば 1月にやる『船弁慶』には平家の亡霊が出てきますが、じゃあCGで表現しようとはならない。でも、だからこそ見えてくる深淵があって、それを味わってほしいんですよね。
 
―次回は『船弁慶』のあらすじにからめてお話をうかがいます。
 
 
(text : Joe Kowloon photo : Kazuya Hayashi)
 
「未来につながる伝統-Future Traditions-能公演」
日時:2017年1月28日(土) 13:45開場 18:30終演予定
場所:宝生能楽堂 (東京都文京区本郷1-5-9)
■チケット:SS席1万5000円(アフターパーティー付き)/S席1万円/A席8000円/B席6000円/C席5000円/D席3000円
■チケットに関するお問い合わせ:Confetti (カンフェティ)
Tel:0120-240-540(通話料無料、受付時間 平日10:00~18:00、オペレーター対応)
 
▼詳しくはイベントページをご覧ください
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