書家 中塚翠涛に世界が注目!
「文字で創造をかき立てる」
国内外で高い評価受ける書家の中塚翠涛さん。ま2020年8月22日(土)に放送される24時間テレビでは、「動く」の題字を手掛けています。今回は、見る人に喜びをもたらす中塚翠涛さんのその創作の秘密に迫ります。
中塚翠涛(なかつか・すいとう)
岡山県倉敷生まれ。空間を書でデザインするスタイルで、商業空 間などで空間カリグラフィーデザインを手掛ける。2016年、ル ーヴル美術館のSociete National Beaux-Arts 2016サロン招待展示で金賞と審査員金賞をダブル受賞。『30日できれいな字が書けるペン字練習帳』(宝島社)シリーズは、累計400万部を突破。2020年12月7日にシリーズ最新作「手紙とはがき」を発売
作品をつくる上でルールはあくまで目標
私が大切にしたいのは何をつくるかという強い思いです
文字で情景をつくり出す
パリのルーヴル美術館地下展示会場で300m²にわたる書のインスタレーションを発表したり、テレビでは美文字先生としても知られる書家の中塚翠涛さん。空間を書でデザインする空間カリグラファーとして、漢字を知らない西洋の人々をも魅了する。
中塚さんが注目されるきっかけとなったのが、2011年、イギリスの老舗テーラー「ダンヒル」銀座本店のショーウインドウデザインの仕事。1880年に馬具メーカーとして創業したダンヒルの、創業者の息子であるアルフレッド・ダンヒルの家をテーマとした、世界に店舗のみ存在する旗艦店「HOME」のひとつ、銀座本店でのアーティストウインドウに中塚さんがフィーチャーされたのだ。
中塚さんが手掛けたのは、ロンドンのダンヒル本店「ボードンハウス」にインスピレーションを受けたウインドウ作品『犬と紳士と私』など、書のイメージを覆す斬新な作品。筆や刷毛の繊細で大胆なタッチや人物のシルエットでダンヒルを表現。道行く人の目を楽しませた作品はどのように生まれたのだろうか。
「最初は書を展示・販売するお話だったのですが、せっかくなら、私しかできないことをやりたいと思ってつくった作品でした」
マダムやムッシュ、ダンヒルが好きだった犬などをモチーフにした書はまさに独創的。映像作品では、登場人物たちが現代と過去をタイムスリップして旅をしているイメージを、書と写真をミックスしてつくり上げた。書でありながら絵画的、和のものである書で西洋のイメージを表現した、想像力をかき立てる作品は中塚さん独自のもの。
そのスタイルは、創作にあえてルールを決めないという信条から生まれており、大学で中国文学を学んだ知識の深さ、場の環境に合わせて変化することもいとわない自由な感情があってこそ。
「書は筆で書かなければならないとルールを決める方もいますが、私が大切にしたいのは何をつくりたいか、何に出合いたいかということです。道具選びもそういった観点で選んでいます。そのほうが表現の幅も広がります。いろいろなことに挑戦しているのも、書という戻る場所があるからこそだと思っています」。
心のままに環境に合わせてポジティブに変化と進化を続け、見る人を楽しませる作品をつくっていくのが中塚さんの作風だ。
書の枠を越えて
文字が秘める楽しさを共有する
自分が見たいものをつくる
幼少期から何かを表現することをしたいと思っていた中塚さんだが、4歳から続けていた書道で、小学生ですでにコンクールに入賞するほど、才能は開花していった。 「当時はおばあちゃんになったら書道の先生になるのかなと思っていましたが、小学年生のときに美術好きの母にパッケージデザインのお仕事をされている作家さん の展覧会に連れていってもらったことがありました。クレヨンで塗った上に墨を使った作品などが展示されていて、子どもながらに自由な作品に感銘を受けました」
それまでは半紙に墨を使ってお手本通りにきれいに字を書くのが書だと思っていたが、書道でもこんなに自由なことができるのだと、目の前がぱっと開けたような感覚になったという。
そんな幼少期に感じた書への楽しさ、自由さが発揮された仕事が神戸に創業した子ども服ブランド喜びが連鎖する作品「ファミリア」との継続した取り組み。
ファミリア銀座本店で開催された一度目のコラボレーション企画では、「日日是好日」をさまざまな書体で書いた書を展示した。二度目の展示ではこれは書?というようなカラフルな作品を発表し、周囲をあっと驚かせた。そこにあったのは斬新なものをつくろうという作為的な思いではなく、書に親しみはじめた子どもの頃に自分 が見てみたいと思っていたピュアな気持ちだった。
「最初の展示では子どもたちの顔色を見ていたところがありました。ですが自分もそうでしたが、子どもにとっては書も絵画も区別はありませんよね?ファミリアのオーナー・岡崎さんの『好きなことをやってください』という言葉と、そんな子どもたちの感性に背中を押されて、自分が子どもの頃に見てみたかったこと、やってみたかたったことを素直に出していいんだと、このときに気づきました」
幼少期から筆を持ちアートに触れられる環 境にいました
"好き"は誰からも奪われません
喜びが連鎖する作品
そこで取り組んだのが色鮮やかなアクリル絵の具で書いた書。それは幼少期になぜ墨に色がないんだろう?と疑問に思ったことがきっかけとなっている。
2018年4〜5月に行われた展示では、「楽」という文字にちなんで、「ちゃん」というキャラクターをつくり立体物も制作した。展示には文字をベースにデザインした壁もつくり、文字の中に入り込んだような空間の中で子どもが自由に書を楽しめる仕掛けをつくり出した。
「皆さんに喜んでもらえる作品を生み出すためにも、常に美しい景色をつくりたいし、そのためには自分も見続けたいと思っています。それは景色もそうですし人もそうです。ネガティブなものではなく、心地よいお話をする方っているじゃないですか。そんな夢のあるお話をうかがっているだけで自分も豊かになるのを感じます。選択肢があるのであれば美しいものに触れていたいと思っています」
そんな中塚さんでも制作には苦しみを伴うこともあるという。「それでも出来上がった瞬間は喜びや楽しさのほうが大きいんです。その瞬間のために頑張っているん だと思っています」。
その楽しさや喜びは、大人も子どもも、そして言語も超えていく。苦しみを伴って創作しても、残るのは喜びという中塚さんの作品だからこそ、大人も子どもも素直に心を動かされるのだ。
書は平面から三次元へ、 見る者の感覚を刺激する
書や文字がもたらすもの
中塚さんが書の枠を越えた、創作への道に進む大きなきっかけになったのが、美術好きな両親からの影響。幼少期から書とともに世界的な名画に触れていた中塚さんは、美術を観る際にも書や文字は重要なインスピレーションになっていると語る。
私自身の中で書と美術の区別がなかったことも、いまの作風に影響しています。たとえばジャコメッティの作品は彫刻になった文字を想像しましたし、力強く固いはずなのに柔らかく見えるのはなぜだろうと思っていました」
2016年12月に、フランス・パリ、ルーヴル美術館地下会場「カルーゼル・ドゥ・ルーヴル」で開催されたSociere National Beaux-Arts 2016サロンの招待作家に選ばれた中塚さん。芸術の国・フランスで150年以上の歴史をもつこの芸術団体が主催する美術展では、「一期一会」をテーマに、書や映像のほか、自身初となる石版画作品を展示。
招待作家にも関わらず、発表した作品がインスタレーション部門で「金賞」と「審査員賞金賞」のふたつの賞を受賞するという快挙を成し遂げた。これまで紙の上にとどまらず、書による空間インスタレーションを行ってきた中塚さんの作品が世界でも認められた瞬間だった。
「作品は瀬戸内海を望む自然豊かな環境で時間をかけて制作しました。展覧会のひと月前に現地入りし、パリで感じた光や風を封じ込めた作品も制作しました。いただいた賞について意識はなかったのですが、制作に協力してくださった皆さんに喜んでいただけたことがなによりもうれしかったです。子どもの頃は親に褒めてもらいたくて頑張っていましたが、大人になって受賞するということは周りの方々への感謝の気持ちがわいてくるということを実感しました」
評価されたい作品ではなく、自分が好きなものを。
パリは展示の自由さを教えてくれました
楽しさから生まれる書
そして’19年、再びパリで展示を行う中塚さん。ひとつは1817年に創業したパリの老舗ホテル「ル・ムーリス」で行う、ダンスをテーマにした「La danse」。もうひとつはGalerie Xavier Eeckhourで行う「MUSIQUE」展だ。
「自分のスタイルをもった人々が集うフランスは昔から憧れの国でした。ル・ムーリスは世界的画家であるサルヴァドール・ダリが長年滞在したり、かのパブロ・ピカソが最初の奥さんと結婚式を挙げた場所です。再びパリで展示できることもそうですが、昔から大好きだったホテルでの展示は楽しみでなりません。Galerie Xavier Eeckhourはパリに来るたびに訪れていた、歴史あるカフェが点在するエリアにあるギャラリーです。今回ご縁をいただき展示できることになりました」
ル・ムーリスの会期中のバレンタインデーには、アーティストディナーとして中塚翠涛×シェフとのコラボレーションを展開予定。この日のために佐賀県・有田で制 作中のプレートのデザインも行い、当日は中塚さん自身も厨房に入り、書を取り入れた料理を提供する。
「今回意外だったのは、このお話をいただいてよしやるぞ!と思うのではなく少し寂しい気持ちになったことでした。というのも本当に好きな場所で展示ができると いう夢がかなってしまい、この後どうしようと思ったからです。まだ展示もしてないのにおかしいですよね。でもそれだけ憧れの場所だったんです」。
中塚さんの大好きな孔子の言葉に「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という一節がある。「頭でっかちになるのではなく、いまの状況を最大限に楽しもうと思うことにしました。今回の展示は、自分の人生に新しいページを開く宝物のような経験になると思います」。
いまにも二次元から飛び出し動き出しそうな中塚さんの書を見ていると、文字がもともと絵であったことを思い出す。遥か石器時代の真っ暗な洞窟の壁に描かれた絵 は、時とともに何かを伝えるための記号や文字に進化していった。元来文字とは絵であり、人々の思いを伝える躍動感を伴っていた。中塚さんの作品にはそんな原初の文字への好奇心が満ちあふれているからこそ、見る人をほほ笑ませワクワクさせるのだろう。
【中塚翠涛の心がまえ】
◎変化と進化を続ける
◎健康管理し、作品制作に向き合う
◎豊かなモノ、コト、ヒトとの出会い
text:Takashi Kato photo:Akio Nakamura
2019年3月特集「暮しが仕事。仕事が暮し。」