「榛原」創業200年以上の和紙舗
大熊健郎の東京名店探訪
「CLASKA Gallery & Shop “DO”」の大熊健郎さんが東京にある名店を訪ねる《東京名店探訪》。今回は伝統を守りながらも時代を先取る老舗和紙舗「榛原」を訪れました。
大熊健郎(おおくま・たけお)
「CLASKA Gallery&Shop “Do”」 ディレクター。国内外、有名無名問わずのもの好き、店好き、買い物好き。インテリアショップ「イデー」のバイヤー&商品企画、「翼の王国」編集部を経て現職。
www.claska.com
今年もたくさんの年賀状が届いていた。残念ながら友達が多いからではない。多くは仕事上の取引先さんからである。もちろんありがたいことなのだが、いつも寂しく思うのはそのほとんどが宛名も裏面もすべて印刷であること。だからこそ、その中に手書きの文字を見つけるとうれしくなる。たとえ短い言葉でも相手の顔が浮かび、不思議と気持ちが伝わってくるからだ。
永代通りと中央通りが交差する角地に建つ東京日本橋タワーの敷地内に、彫刻的な外壁の文様が目を引く黒い立方体の建物がある。和紙を中心とする千代紙、便箋、のし袋といった紙製品を扱う老舗、和紙舗「榛原」である。
創業は1806(文化3)年。店で扱う雁皮紙(雁皮植物を原料にして漉いた紙)のなめらかな筆当たりが評判で江戸に広く知られるようになり、以来200年以上にわたり伝統を守りながらも時代を先取りした紙製品を提案し続けてきた。
数ある商品の中でも個人的に思い入れがあるのは便箋。年長の方に手紙を書く必要性に迫られ、何かいい便箋はないかと探していたとき、偶然目にした向田邦子さんの本に愛用品として紹介されていたのが榛原の便箋だった。装飾性を排したシンプルなデザインが上品で美しく、さすが趣味人、暮らし上手で知られる向田さんが選ぶだけあるなと感心したものである。
さて、店に入るとあれこれ気になるものが出てきて、取材を忘れすっかり買い物気分である。永井荷風が『断腸亭日乗』執筆に使っていたという榛原製青色十行罫紙「日乗箋」の復刻版、なんていう品があるかと思えば、柴田是真や河鍋暁斎といった明治を代表する美術家たちの原画を元にしたはがきや一筆箋もかわいくてつい手が伸びる。
でも一番心惹かれたのは木版摺りのし袋。のしや水引部分が多色摺りの木版で表現され、印刷物では決して感じることのできない深みと柔らかさ、そして得も言われぬ品がある。こういう手仕事と商品がまだちゃんと残っていること自体に感動してしまった。
携帯ひとつで日々交わせるメールやチャットの利便性は否定しないが、何かが欠落していると感じる人も少なくないだろう。今回榛原の美しい紙製品を手にして、自然と礼節や作法、思いを込めるということの大切さ、尊さに気づかされた気がした。紙を通してしか伝えられない情感、豊かさというものがある、そんなことを思いながら無性に誰かに手紙を書きたくなった。
榛原(はいばら)
住所|東京都中央区日本橋2-7-1 東京日本橋タワー
TEL|03-3272-3801
営業時間|10:00〜18:30、土・日曜〜17:30
定休日|祝日、年末年始
www.haibara.co.jp
photo:Maki Suzuki
2020年3月号 特集「SAKEに恋する5秒前。」
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