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建築家・堀部安嗣
木造建築の美は風土から生まれる
後編|大山阿夫利神社〈客殿、授与所〉

2025.11.10
建築家・堀部安嗣<br>木造建築の美は風土から生まれる<br>後編|大山阿夫利神社〈客殿、授与所〉

「これからの時代は、それほど新築をつくらなくてもいいのではないか。あるものを生かしていくほうが、自分はしっくりくるんです」
日本建築学会賞に輝く建築家・堀部安嗣ほりべやすしさんはそう話す。自ら改修を手掛けた、神奈川県の「大山阿夫利おおやまあふり神社」付属の建物で、日本の木造建築と気候風土の深い関係性について語ってもらった。

堀部安嗣(ほりべ やすし)
建築家。1967年、神奈川県横浜市生まれ。1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2016年、「竹林寺納骨堂」で日本建築学会賞(作品)を受賞。著作に『堀部安嗣作品集Ⅱ 2012〜2019 全建築と設計図集』(平凡社)ほかがある。

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木の特性と向き合えば、
人はもっと心地よく生きられる

総檜造の客殿。ルーバー状の天井は、既存の天井の下に張った。空間はおのずと小さくなるが、断熱性はアップ。猫間障子はガラス入りで、開口部の断熱性を上げている

そしてこの6月、石尊の奥の客殿と、そこからつながる授与所も新たに改修された。新客殿の大玄関に一歩入ると、なんとも芳しい香りに包まれる。客殿の木材は、すべて無節の。ここは祈祷などに向かう人たちの待合処でもあるから、厳かで清冽な空間としているのだ。天井には細い材がルーバー状に張られており、その数は200本。
「ここが新築ではなく改修なのは、立地による必然なんですよ」

客殿の一画にある応接室。客殿で結婚式などが開かれるときは待合となる。手前の建具には竹が張られ、その揺らぎのある表情が、檜で統一された厳かな空間に和らぎをもたらす

標高約700mの土地に建築材料を運び入れるのは、平地よりも大変な手間がかかる。廃棄物を運び出すのもまた同じ。だから廃棄物をなるべく出さないことを目指し、既存の建物の中に新しい空間をつくる「入れ子方式」のプランを立てた。先述の天井材や、壁を覆う幅30㎜の小幅板のような、華奢で軽い材を多用しているのも運搬の利便性を考えてのことだ。

壁には、幅30㎜、目地3㎜の小幅板が張られている。既存の建物はゆがみも大きく、きちっと収めて張れたのは匠の技があってこそ。堀部さんが触れている部分は収納スペース

「小幅板をこれだけ使えば表面積はかなり大きくなるから、檜の香りも強くなるし、音も柔らかく響くし、調湿作用も高くなる。木って多機能ですごいんですよ。どんな科学技術を使っても、木の性能には届かないはずです」と堀部さんは言う。

「香りに含まれるリラックス成分や、見た目の穏やかさ、足触りのよさ。私たちは、過去20万年で培った動物としての感覚を駆使して、あらゆる木の性質から居心地のよさを感じ取っている。木の空間だと快眠できたり体調がよかったりというのは、当たり前のことなんです」

この八角柱も既存のもの。「ほぞ穴が埋め木されて、ちょっととぼけた感じでしょう。もともとの建物の表情が共存していることで、空間がぐっと柔らかくなります」と堀部さん

堀部さんが危惧するのは、そうした「体感」を伴わないまま、いわば情報だけを基に「木は素晴らしい」と憧れる人たちが多いことだ。たとえば、木の腐食する性質を知らない建築学科の学生がいる。おそらくそれは、戦争を境に日本の住文化が貧しくなり、やがて現れた新建材に無垢材が取って代わられて、「木とのつき合い」が途切れてしまったからだろう。

「日本の気候風土の中で木造建築を建てるとき、一番に考えるべきことは、『木をいかにして雨に晒さないか』です。そこから、軒や庇、切妻屋根といった、日本の伝統的な木造のフォルムは生まれてきました」

堀部安嗣さんがつなぐバトン

幼い頃に横浜の總持寺のかたわらで暮らした堀部さんは、少年時代は伊勢神宮や法隆寺などを観て回る鉄道旅を重ね、長じて世界各地の建築を訪ねるようになる。ルイス・カーン設計のフィッシャー邸をフィラデルフィアに訪ね、住み手に自分の作品集を見せたときは、こう言われたそうだ。
「あなたの建物は軒が出ているのがいい。この家は軒がないから、メンテナンスが大変なんだよ」

建築は気候風土に抗えない。ならば、日本の建築文化をつないでいくリレーの選手の一人になろう。堀部さんはそんな思いを胸に、いまの人たちに響く木造建築の美を追求してきた。
「『木のすごさ』を後世に伝えるには、科学的なエビデンスを基に、自分のような設計者が中立の立場から訴えていく必要があるのかもしれません。それから、『木の都合』を考えることも大事だと思うんですよ」

客殿の大玄関。ここは大山阿夫利神社に残る神社建築の中でも最も古く、大正期の築と伝わる。上り框には、古い木彫りの板をはめ込んだ

火に弱い木造建築は、都会の密集地にはやや不向きだ。また、RC造のように大きな構造はかなえられず、限界がある。しかし、そうした限界があることこそが、実は木造の一番の魅力なのではないか……。
「人間の身体感覚から外れないこと。家と家の間隔もそうですが、近づき過ぎたらギスギスしてしまいます。僕たちは木の限界を見つめることで、おのずと人間らしい、よい暮らしに戻っていけるのかもしれません。のんびり、おおらかに。それがたぶん、木にも人間にも、幸せなことなんですよね」

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授与所も檜造。巫女さんの背景の壁は黒漆喰で仕上げ、白い装束が引き立つ

大山阿夫利神社 茶寮 石尊(改修)・客殿・授与所(改修)
住所|神奈川県伊勢原市大山355 [茶寮 石尊(改修)]
敷地面積|非公開
建築面積|非公開
延床面積|118.84(店舗部分95.70)㎡
構造|木造
施工|内田工務店
竣工|2019年4月 [客殿・授与所(改修)]
敷地面積|非公開
建築面積|非公開
延床面積|328.80㎡
構造|木造
施工|内田工務店
竣工|2025年6月

茶寮 石尊
住所|神奈川県伊勢原市大山12
Tel|0463-94-3628
営業時間|9:50頃~16:00(L.O.15:30)、土・日曜、祝日~16:30(L.O.16:00)
定休日|不定休

 

堀部安嗣の代表的な
〈木の建築作品〉5選

 
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堀部安嗣に聞く
木と建築のいい関係

01|大山阿夫利神社〈茶寮 石尊〉
02|大山阿夫利神社〈客殿、授与所〉
03|堀部安嗣の〈木の建築作品〉5選
04|堀部安嗣がおすすめする木造建築

text: Shiori Kitagawa photo: Maiko Fukui
2025年9月号「木と生きる2025」

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