宮城県・塩竈市《太田與八郎商店》
伝統的な木桶づくりの醤油を次世代へ【後編】|“ニッポンの美味しい”のいまと未来④

2025.2.3
宮城県・塩竈市《太田與八郎商店》<br>伝統的な木桶づくりの醤油を次世代へ【後編】|<small>“ニッポンの美味しい”のいまと未来④</small>

作家・料理家の樋口直哉さんが訪ねる、知っておきたい“ニッポンの美味しい”のいまと未来。美味しいものは、生産者の方々なくしては語れません。作家かつ料理家として活躍し、全国の生産者の元へも足繁く通っている樋口直哉さんに、注目の生産者を訪ねてもらい、日本の食の現状と可能性を、生産の現場からひも解いていく。

今回は、日本を代表する調味料・醤油。東日本大震災を経て、昔ながらの木桶で醤油づくりに取り組む、宮城県塩竈市の「大田與八郎おおたよはちろう商店」を訪ねた。風土や作り手の個性がでる、木桶仕込み醤油の魅力とは?

店舗外観。歴史を感じさせる建築物は1993(平成5)年に塩竈市文化景観賞を受賞している。歴史と食は塩竈という港町の魅力のひとつで、味噌と醤油がそれを支えてきた

実はメーカーだけではなく、木桶も大きく減った存在だ。いまでこそ木桶には伝統的製法を連想させるポジティブなイメージがあるけれど、前述の法律が進められた頃は「古臭く」「できるなら早く手放したい」ものだったと聞く。使われなくなったのはやはり効率が悪いからである。木桶は上部が開いている上に、木が水分を吸うので乾燥しやすい。

さらに木にはさまざまな菌がすみつくので発酵に時間がかかる。桶ごとの個体差も大きく、使いこなすには技術が必要。現在、残っている木桶は「醤油醸造用木桶の使用実態に関する全国調査」(福留奈美 味の素食の文化センター研究成果概要報告書)によると全国で4750本程度。このことから醤油全体に占める木桶醤油の割合は全体の1%から1・5%と推測できる。木桶でつくっている醤油は全体の1%程度しかないのだ。

左から「いろなし醤油」、「松醤油」、「さしみ醤油」そして木桶仕込み醤油「あさあけ」。いろなし醤油は塩分の濃くない色の薄い醤油で、全国的にも珍しいタイプ。松醤油はスタンダードタイプで、さしみ醤油は港町には欠かせない

しかし、そんな木桶醤油が近年、復活の兆しを見せている。小豆島にある「ヤマロク醤油」の山本康夫さんを中心とした「木桶職人復活プロジェクト」の影響で、新桶を導入するつくり手が出てきたからだ。

ここ、太田與八郎商店もそのひとつ。2020年2月、小豆島から木桶が届き、醤油づくりがはじまる。そして、2022年に生まれたのが木桶仕込み醤油「あさあけ」というわけである。名前の由来は醤油を搾った瞬間の浅緋色から。

筆者は木桶醤油を取材して8年になるが、蔵に木桶がひとつだけ置かれている光景は新鮮だった。櫂入れは重労働なので現在は機械で空気を送ることが多いが、太田與八郎商店は手作業

「蔵にすみついた酵母やその地域の気候風土によって、独特の味わいが生まれます。狙ったわけではないんですが、塩竈で有名なマグロのお刺身とすごく合いますよ」

確かに「あさあけ」はマグロの酸味に負けずに癖を丸め、その味わいを引き立てる。その理由は現地を訪れるとわかる。木桶を囲む空気が港町のそれだったからだ。

木桶仕込み醤油の魅力はその多様性。よくワインにたとえられるが、一つひとつの蔵ごとに香りや味わいがまったく異なる。大手メーカーの醤油は高品質で、味としては申し分ないが、木桶醤油は見つける楽しさ、合わせる楽しさも魅力。僕がここを訪れたいと思ったのも、さまざまな木桶醤油をテイスティングしている中で「あさあけ」と出合ったからだ。

醤油づくりは「三火入れ、二櫂、一麹」といわれる。麹は最初にして重要な工程。櫂入れは混ぜなくても、混ぜすぎても駄目。香りを立てる火入れもやはり重要だ。

「できればこれから木桶を増やしていきたい。そのとき、味がどう変わっていくかが楽しみですね」

震災を乗り越え、つないでいく木桶の味。太田さんの横には息子の太田岳志さんの姿があった。ほかの醤油蔵と同様に次の世代へと技術継承がはじまっている。そんな風にして現在から未来へと、美味しさは続いていく。

仙台味噌の旨みが生かされた味噌のジェラートも好評。我々が訪れたとき、店にいたお客さんが「ここの甘酒は美味しいのよ」と教えてくれた

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太田與八郎商店
住所|宮城県塩竈市宮町2-42
Tel|022-362-0035
営業時間|9:00〜17:00
定休日|日曜・祝日
oota-yohachiro.com
※オンラインショップ、ふるさと納税あり

text: higuchi naoya photo: Kenta Yoshizawa
2025年1月号「ニッポンのいいもの美味いもの」

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