作家・柏井 壽と大原千鶴が語り合う
“京都人の秋冬の味”
独自の食文化が息づく京都。そんな京都に生まれ、京都の食に造詣の深い、作家の柏井 壽さんと料理研究家の大原千鶴さんが、“京都人の食” “秋冬の味”をテーマに語り合います。
大原千鶴(おおはら ちづる)
料理研究家。京都市の山間部・花背の老舗名料亭「美山荘」で生まれ、里山の自然に親しみながら和食の心得や、美意識を育む。『みんなのきょうの料理』(NHK)、『キユーピー3分クッキング』(日本テレビ)などに出演中
柏井 壽(かしわい ひさし)
1952年、京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業するかたわら、京都や日本全国の旅や食、旅館にまつわるエッセイを執筆。ドラマ化もされた『鴨川食堂』(小学館)シリーズといった小説も執筆している
京都で味わいたい
名店の味
大原さん(以下、大原)柏井さんはいつから食に興味をもたれたんですか?
柏井さん(以下、柏井)食べることが好きな祖父にたくさん連れていってもらって。祖父は彦根出身で、歯医者になるために東京の学校に行って。その間に東京のお店を食べ歩いて。なので江戸好みなんですよ。天ぷらも寿司も。蕎麦のつゆが濃いのも好きで。
大原 味の好みって違いますよね。たとえば、関西の人はお米は軟らかいのが好きじゃないですか、でも関東の人は硬いのが好きって言わはりますよね。
柏井 京都は夜に炊いて、次の日の朝お茶漬けに。東京は朝炊きますよね。
大原 お寿司でも、関西だと甘めやったりとか。お寿司のネタの角が立ってへんと腹が立つタイプでしょ(笑)。
柏井 そうですね(笑)。
大原 私はあんまり外食しないので。基本お家で料理しますね。京都の料理の基本は「お野菜」なんです。昔は、ほんとにちょっとのお肉を、どう野菜で膨らましてたくさんにして食べるかを工夫していましたね。
柏井 「おばんざい」の言葉も最近ですよね。大村しげさん(※1)の影響で。
大原 それまでは普通に「おかず」とか「おまわり」とか……。
柏井 そう「おまわり」。順番に回ってくる、毎月1日はこれ、15日はこれ、30日はこれ。でもこれは町の真ん中、商家の人だけ。あとは「おぞよ」。
大原 雑に余るで「お雑余」。「適当にあったもん」で、という意味ですね。
柏井 祖母によく「今日はお雑余やで!」って言われてましたね。それでしょぼんとして(笑)。
大原 おじいさまに連れて行かれて一番好きだった店はどこなんですか?
柏井 松乃の鰻。あそこの鰻のせいろ蒸しにやられましたね。ご飯がとにかく軟らかい。鰻も江戸前蒸しで軟らかくて、真ん中にはスクランブルエッグみたいなのがあって、それを専用のおさじで食べる。感動的に旨かった。
※1 大村しげ。1918年に京都の仕出し店に生まれ、京都の暮らしに関する多くのエッセイを執筆。1960年代に朝日新聞京都版の連載「おばんざい」で京都の料理や食材、慣習、伝統行事とのかかわりについても紹介。この連載がきっかけで、おばんざいの言葉が普及。
大原 何回も行ってはるんでしょう?
柏井 もちろん。鰻好きなので。大宮通りの梅の井にも行きます。
大原 私は最近うなしげってとこに。
柏井 最近評判ですね。鰻とワインというコンセプトがいい。
大原 私はご飯少なめ、鰻も3分の2くらいで、肝焼きとお酒で「いい感じやわ~」ってなります。京都って「川魚文化」ですよね。美濃吉本店 竹茂楼さんも美味しいです。鰻とか川魚って、さばいてすぐじゃないと美味しくできない。
柏井 その典型が「鮎」やね。
大原 鮎なんかは生きてなあかんし。
柏井 どんな鮎の食べ方が一番好きか、京都人はみんな違う。カリカリに焼いたのをかぶりつくのか、縦に開いて骨を抜いてなのか……。「落ち鮎」を炊いたのが好きな人もいるし。
大原 鮎は焼き方で全然味が違いますね。焼き鳥なんかより、焼く人が大事。
柏井 落ち鮎は燕enさんか割烹しなとみさんやな。
大原 鮎は特に鮮度が大事だから。その環境でしか食べられへんから美味しい。それは京都でできる食べ方で。あと、京都で食べる魚といえば、「タラ」も。海産物が少ないから、干したものを上手に使いますね。
柏井 タラを使う料理だと、海老芋と炊き合わせる、平野家本家の「いもぼう」がありますね。秋冬の味覚。
大原 「出合いもん」の象徴やね。
柏井 日本の北のタラと南の芋が、都である京都で出合う。一緒に食べたら美味しくなるんちゃうの? って工夫を凝らす。今日いただいている下鴨茶寮さんの名残のハモとマツタケの土瓶蒸しも代表的な出合いもんですね。
その時期の旬を気軽に
日頃の食卓で愉しむ
大原 柏井さんはご自分で料理も?
柏井 しますよ。ほぼ毎日。
大原 屋上にビールを飲むためのデッキをつくったんです。夕方になったらビールとアペロを持って、夕暮れを見ながら「いい感じや~」って(笑)。毎日何飲もうかな? ってなりません?
柏井 いや僕はスパークリングワインひと筋ですね。一度決めたら浮気はしないので(笑)。料理はいまの時期だと、ナスを毎日使うかな。焼いたり、漬けたり。まあ簡単に。大原さんの料理番組も参考にさせてもらってますよ。
大原 ありがとうございます。京都は地元の野菜がすぐ手に入って美味しいですもんね。近所の八百屋さんやスーパーでも京都産の売り場があるし。
柏井 スーパー、楽しいですよね。
大原 うちの秋の定番は木胡椒っていう唐がらしの葉っぱを炊いたもの。さっとゆでて、炒り煮みたいにして。慣れるとなんか食べたくなります。
柏井 ニンジン葉もね。ゴマ和えにしてもいいし。
大原 かき揚げにしてもいいですよね。
柏井 春菊みたいな香りがして、大人な香り。あとは大根かな。
大原 私はやっぱり秋冬といったら「かぶら蒸し」ですかね。
柏井 かぶら蒸しを食べるなら、僕は一平茶屋さんかな。
大原 蒸しもんいいですよね。あんかけも。出汁が好きなんですよ。あんかけにしたら出汁が食べられる(笑)。
柏井 なんでもあんかけに。それこそローストビーフとかにも。
大原 ご飯にもね。
柏井 ユズもね。何にでもかける。やはり水尾産のがいいですね。
大原 カボスも好きです。
柏井 あと、グジ(甘鯛)。かぶら蒸しにするか焼いて。
大原 うちでは、グジを焼いたら、身を食べた後に骨とかを別にしといて、昆布出汁を入れて、おつゆにして食べるんです。大きな声では言えないですけど(笑)。
秋冬の行事と食の
美味しい関係
柏井 「秋鯖」とくれば「鯖寿司」。祭りや祝い事には欠かせません。家でつくったり、お寿司屋さんで買うたり。
大原 うちも実家では40本くらいつくってましたね。親戚に配るために。
柏井 うちでも祖母の時代は10本くらいはつくってたかな。御霊神社のお祭りのときですよね。地域ごとに祭りの時期が違うから、鯖寿司をもらうと「今日はあそこの祭りなんや」って。
大原 お家ごとに味も違うしね。
柏井 秋鯖はきずしもいいね。手軽な松茸が手に入ったら一緒に食べたり。
大原 いただくだけで秋を感じますね。
柏井 お菓子も秋冬ならではのものがありますね。たとえば「亥の子餅」。11月の最初の亥の日に食べる餅で、店によりいろいろなタイプがある。
大原 亥の子餅は、昔から緑菴(りょくあん)さんや松屋常盤さんで。通年ありますが木屋町の本家月餅家直正さんの「あわ餅」も好きです。
柏井 大黒屋鎌餅本舗の「鎌餅」は、鎌で刈り取るって意味のお菓子。年中あるけど、やっぱり秋の稲刈りの時期に、お料理屋さんに行くときに手土産で持っていきます。あと鍵善良房さんの秋から出てくるサツマイモの菓子「おひもさん」も美味しい。
京都のお正月の習慣と
定番の食のこと
柏井 お雑煮はやはり白味噌ですか?
大原 そうです。白味噌を使うので、お雑煮はもう真っ白。お餅も焼かない! 里芋と大根とを亀甲に切って、上に糸鰹をのせる感じですね。麹の旨みがあるから、出汁も入れません。
柏井 うちも水で。出汁は取らへん。
大原 実家では、料理屋なので山利商店さんの白味噌を使ってました。最近は関東屋さんのを使ったりもしますね。関東屋さんは以前、御所南小学校で味噌づくりの指導もしてはって。
柏井 いいですね。食文化をつなげて。山利商店さんの味噌は味がスッキリしていますよね。すっと和三盆のように消えていく甘みで。関東屋さんのほうがもうちょっとしっかりした味わい。
大原 関東屋さんはオーダーも聞いてくれて、そんなところも好みです。
柏井 自宅でお餅はつかれますか?
大原 実家はつきますけど、自宅ではつきませんね。ご縁があって音羽軒さんがいつもくれはって。それを焼かずにお雑煮に。
柏井 香ばしいのが好きで、うちは焼きます。お餅は久我神社近くのお店で。つきたてを帰り道に食べたいぐらい美味しい(笑)。何がいいかっていうと、一度お正月に頼んだら、丸餅何㎏って覚えてくれはって。次の年行ったら自動的に同じにしてくれはるんです。
大原 そういうところが京都の店らしいですよね。
柏井 大原さん、八坂さんの「をけら詣り(※2)」は行きはります?
大原 いまは観光の方も多いので行かなくなりましたね。京都の人は並ぶの嫌やからね。
柏井 観光イベントになってますね。昔は、をけら詣りに行って、火縄に火をつけて、その火を消さんように持って帰り、それで火をつけて最初の若水(※3)を沸かして、お正月のお茶を飲む。そっから一年がはじまる。懐かしいな。
大原 京都は井戸がたくさんあるから。若水をくむのは主人の役目でしたね。
柏井 お正月のお茶はまず大福茶(※4)。基本的に一番最初に口にするもんですよ。カリカリの梅と、それに昆布。お屠蘇とかよりも前にです。
大原 うんうん。私が小さいとき、本当に古い田舎の家で。奥座敷に仏壇と神さまを祀っている部屋があって。お正月起きたら言葉を交わさずに、まず枕元に畳んでおいたきれいな下着に着替えて、喋らずに奥の座敷に集合し、おじいちゃんのひと言があってから「あけましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました」ってはじまる。
柏井 こういう風習がなくなってきたのは、寂しいですけどね。
大原 たとえ、観光イベントみたいになっている風習でも、完全にやめてしまうよりは、やったほうがやっぱり落ち着くって感じです。行事だから絶対しなくてはいけない、ということではなくて、なんかイベントごとがたくさんあるっていうのが喜びなのかも。全部してたら大変やから(笑)。
柏井 いまみんな忙しいからね。でもお正月の後に「七草粥」や「小豆粥」は必ず食べてます。小豆は魔除けの意味がありますね。
大原 七草は7種類も揃わなくてもいいんですよ。手に入るもので。
柏井 それをお粥にしてお餅を入れるんです。そのときお餅は焼くでしょう?
大原 いえ、焼かないです。柏井さんは関東のマインドが入ってるから(笑)。
※2 をけら詣り。八坂神社で行われる一年間の無病息災を祈願する正月行事。
※3 若水。元旦にはじめてくむ水で、一年の邪気を除くとされる。
※4 大福茶。一年の邪気を払うとして、正月の朝に昆布と梅干しを入れて飲むお茶。平安時代に起源があるといわれる。
無理をせず季節を
愉しむのが京都流
大原 京都の職人さんって、この技術だったらもっとお金取ってやろうっていうところを、「そんなんしたら……」みたいな感じに思ってはりません?
柏井 そうそう。全然利に走ってないね。京都人はちゃんと値打ちがあるか、お店を見比べるから。で、浮気はせずにこれはこの店で、とひと筋。でも、あれっ? と思ったらすぐ別れる。
大原 お店はそれがわかってるから、浮気されないように努力されますね。家で料理するときも、いまの時期はこれを食べたい、という感性があると、食事の準備時間も豊かに感じられるかなと思います。季節の移ろいに準じ、自分を変えていけるフレキシビリティみたいなものがあって、でも、そこに無理がないっていうのが京都人らしい。
柏井 やっぱり季節はすごく大事にしますね。そして無理はしない。無駄を省いて全部使い切るのが、京都の食の原点にあるけども、必ずしもそのために頑張らんとあかんとなると、また違うから。それはそこそこでいいやん、と。いろいろ整合性をつけていくのが京都人かな。
大原 行事や食習慣はマストというか、それを愉しんでますよっていうぐらい。
柏井 そう、気張り過ぎず、ふわっと愉しんだらええやんっというのが、京都人の行事や食の愉しみ方なのかなと思います。
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京都の秋冬の食の談議で出てきたお店
下鴨茶寮
住所|京都市左京区下鴨宮河町62
Tel|075-701-5185
営業時間|11:30~15:00(L.O.13:30)、17:00~21:00(L.O.20:00)
定休日|火曜
祇をん 松乃
住所|京都市東山区四条通大和大路西入中之町213
Tel|075-561-2786
営業時間|11:30~18:30
定休日|水・木曜
梅の井
住所|京都市上京区大宮通寺之内上ル前之町461
Tel|075-441-5812
営業時間|11:00~13:30、17:00~18:00
定休日|月曜
御所東 うなしげ
住所|京都市上京区新烏丸頭町180 グラスド御所
Tel|075-741-8435
営業時間|11:30~15:00(L.O.14:00)、17:30~21:00(L.O.20:00)
定休日|月・火曜
京懐石 美濃吉本店 竹茂楼(みのきちほんてん たけしげろう)
住所|京都市粟田口鳥居町65
Tel|075-771-4185
営業時間|11:30~15:00(最終入店13:30)、17:00~22:00(最終入店19:30)
定休日|不定休
八条口 燕 en
住所|京都市南区東九条西山王町15-2
Tel|075-691-8155
営業時間|17:30~23:00
定休日|日曜
割烹しなとみ
住所|京都市上京区信富町315-4
Tel|075-366-4736
営業時間|17:30~22:00(最終入店19:30)
定休日|水曜、ほか月2回不定休あり※完全予約制
いもぼう平野家本家
住所|京都市東山区祇園円山公園内八坂神社北側
Tel|075-525-0026
営業時間|11:00~14:30(最終入店・L.O.14:00)、17:00~21:00(最終入店19:30、L.O.20:00)
定休日|不定休
一平茶屋
住所|京都市東山区宮川筋1-219
Tel|075-561-4052
営業時間|12:00~21:00
定休日|木曜
御菓子司 緑菴
住所|京都市左京区浄土寺下南田町126-6
Tel|075-751-7126
営業時間|10:00~18:00
定休日|水曜(祝日除く)
松屋常盤
住所|京都市中京区堺町通丸太町下ル
Tel|075-231-2884
営業時間|9:30~17:00
定休日|なし
本家月餅家直正
住所|京都市中京区上大阪町530-1
Tel|075-231-0175
営業時間|10:00~18:00
定休日|木曜、第3水曜
大黒屋鎌餅本舗
住所|京都市上京区寺町通今出川上ル4丁目阿弥陀寺前町25
Tel|075-231-1495
営業時間|8:30~18:30
定休日|水・木曜
鍵善良房(かぎぜんよしふさ)
住所|京都市東山区祇園町北側264(四条本店)
Tel|075-561-1818
営業時間|菓子販売9:30~18:00、喫茶10:00~18:00(L.O.17:30)
定休日|月曜(祝日の場合は翌日)
山利商店
住所|京都市東山区山田町499
Tel|075-561-2396
営業時間|8:00~16:00
定休日|日曜
御幸町 関東屋
住所|京都市中京区御幸町通夷川上ル松本町582
Tel|075-231-1728
営業時間|10:00~17:00
定休日|土・日曜、祝日(変更あり)
京都嵯峨野 御菓子司 音羽軒
住所|京都市右京区嵯峨野芝野町3-18
Tel|075-864-3472
営業時間|9:00~19:00
定休日|火曜
text: Discover Japan photo: Mariko Taya
Discover Japan 2024年11月号「京都」