「名泉鍵湯 奥津荘」
棟方志功も愛した岡山・奥津温泉の名宿
岡山県北部、かつて「美作国(みまさかのくに)」と呼ばれた地にある奥津温泉。古くは津山藩主専用の湯であった。奥津荘は昭和2年創業。棟方志巧に愛され、その作品が残る宿だ。
「名泉鍵湯 奥津荘」。この宿の名を聞いて、必ず目に浮かんでくるものがあり、それは、谷崎潤一郎の『鍵』という小説。小説の内容よりむしろ、棟方志功の手による表紙絵と挿絵。
山峡の宿には、そうやすやすとたどり着けない。一般的なアクセスとしては、山陽新幹線で岡山まで行き、そこからレンタカーということになる。岡山からは北へとたどる。陽光きらめく瀬戸内から離れ、少しずつ山へ分け入ってゆく。目指す宿は渓流沿いに、ひっそりと佇んでいる。
温泉街というには鄙びすぎているが、旅人の心を癒そうとする、何軒かの宿が肩を寄せ合い、その目印となるバス停が、ぽつりと寂しげに立つ。奥津荘はその真ん前にある。唐風の小屋根を軒先に設え、かつての日本旅館がどこもそうだったように、宿の中を見透かすガラスの引き戸で客を迎え入れる。
上がり込んでまず目に入るのが、棟方志巧の衝立の絵。谷崎の著『鍵』の表紙をはじめ、挿絵に描かれた女性と同じ顔立ち、身体つきで横たわり、嫣然としている。奥津渓の宿と谷崎がここでつながる。
艶やかな観音さまを拝して、客室へと向かう。今宵の部屋は離れの一室。離れの部屋の奥には吉井川の流れが間近に迫り、川音を和らげるかのように、樹齢800年を超える大木が屋根を覆う。
この宿において、川と湯は一体であって、それを強く実感できるのは、地下の「鍵湯」だ。深い湯船の底から湧き出る湯は、あぶくを立てて湯を揺らす。ごつごつとした石が、自然の恵みであることを、足裏から感じさせてくれる。心地よく、浸り続けたくなる湯には、谷崎の『鍵』にも相通じる、濃密な空気が漂っている。
湯を満喫した後の夕餉は食事処でとる。山の恵み、川の幸を中心に、吟味した食材を、丁寧に、素直に調理した料理は、の里らしい素朴さをうつわに映しながら、山峡の湯宿ならではのぬくもりを存分にたたえる。雄町米を使った地酒の、丸く優しい味わいも相まって、心がゆるゆるとほどけてゆく。
虫の集きと川音が競い合い、それを枕元に置きながら、安らぎのうちに眠りに落ちる。なんと贅沢な一夜だろうか。長く家族で営む宿だからこそ、文人たちを魅了し続けてきたに違いない。
静謐な空気を漂わせつつ、あぶくを立てて湧き出づる湯のような、軽やかなリズムを弾ませる宿。さまざまに宿のかたちはあれど、山あいにひっそりと佇み、清流に沿う湯宿ほど、趣深いものはない。奥津荘には文化の薫りが漂う。
名泉鍵湯 奥津荘
住所|岡山県苫田郡鏡野町奥津48
Tel|0868-52-0021
Fax|0868-52-0608
E-mail|info@okutsuso.com
客室数|8室
料金|1泊2食付2万520〜3万2400円(税込)
カード|AMEX、MASTER、VISA
IN|15:00 OUT|10:00
夕食|会席料理(食事処) 朝食|和食(食事処)
温泉|奥津温泉(アルカリ性単純泉/源泉掛け流し/加温なし/加水なし/神経痛、筋肉痛、慢性消化器病など)
風呂|大浴場男女別各1(15:00〜10:00)、貸切風呂2(無料)、部屋風呂2 ※すべて温泉
アクセス|車/中国自動車道院庄ICから約20分 電車/JR津山線津山駅からバスで約1時間、奥津温泉バス停下車
館内施設|ラウンジ、食事処
Wi-Fi|あり
http://okutsuso.com
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text : Hisashi Kashiwai photo : Kou Miyaji
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