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東京《前川國男邸》
|実際に見に行ける名建築家の自邸

2026.5.4
東京《前川國男邸》<br><small>|実際に見に行ける名建築家の自邸</small>

建築界の巨匠たちが自ら設計し暮らした邸宅から見えてくる、快適さへの工夫とは。今回、ル・コルビュジエに師事し、日本の近代建築史に大きな功績を残した建築家である前川國男さんの自邸をご紹介する。

前川國男(まえかわ くにお)
1905-1986
東京帝国大学卒業後に単身渡仏し、日本人としてはじめてル・コルビュジエの事務所で勤務。帰国後はアントニン・レーモンドの東京事務所を経て独立。50年に及ぶ活動を通して、公共建築を中心に数多くの作品を残した。

戦時中の制約の中で誕生した名建築

限られた空間を大きく見せる設計
家の中心となる2層吹き抜けのサロンは全面ガラス窓をしつらえ、明るさに加えてダイナミックな広がりを感じさせる空間に

戦前から戦後にかけて日本建築界をリードした前川國男。その自邸は、戦時下で建築資材が不足し、さらに法律で住宅は延床面積100㎡未満に制限されるといった数々の逆境を乗り越え、1942年、東京都品川区に竣工した。当時の時世を反映し、外観は切妻の大屋根や縦板張りの外壁と伝統的な日本の仕様。

大谷石の塀は開口部を設けることで、重厚感をほどよく中和している

しかし内部の空間構成からは一転してモダニズムが感じられる。天井の最も高い部分を吹き抜けの居間(サロン)とし、その両端に天井の低い寝室と書斎を配置。ロフト風の2階は木製の階段で接続されている。

五寸勾配の切妻屋根が架かった、堂々たる佇まい。中央にサロン、左右に小部屋を配したシンメトリーの構成が美しい。屋根を支える丸柱は、戦時下の資材統制の影響から電信柱を使用したという

銀座の設計事務所が東京大空襲で焼失したため、ここが事務所として使われていた時期もあった。1973年に解体されたが、保存されていた部材を用いて1996年に復元、現在は東京都小金井市の「江戸東京たてもの園」で見学できる。

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寝室と書斎の間にサロンが位置する、シンプルで合理的な構造。吹き抜けの効果もあり、建築面積から想像できないゆとりを感じる

〈建築Data〉
住所|東京都小金井市桜町3-7-1 江戸東京たてもの園内(移築・復元)
竣工|1942年、1996年(移築・復元)
設計|前川國男
施工|関建設工業(移築・復元)
建築面積|94.21㎡(移築・復元)
延床面積|108.67㎡(移築・復元)
構造|木造2階建

〈施設Data〉
江戸東京たてもの園
Tel|042-388-3300
開園時間|10~3月9:30~16:30、4~9月は~17:30
休園日|月曜(月曜日が祝日または振替休日の場合は、その翌日)
料金|400円
www.tatemonoen.jp

 

長崎《邦久庵》
 
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実際に見に行ける名建築家の自邸
01|東京《前川國男邸》
02|長崎《邦久庵》

text: Aya Honjo
2026年3月号「訪ねる建築 暮らす建築」

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