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《横須賀美術館》
鉄板とガラスのダブルスキンが美しいミュージアム

2022.7.22
《横須賀美術館》<br><small>鉄板とガラスのダブルスキンが美しいミュージアム</small>

目の前に広がる東京湾と観音崎公園の豊かな自然に囲まれたなかに佇む「横須賀美術館」は、日本近現代美術の作品約5000点の所蔵し、美術品のほかにも、アートや、現在の展示作品に関係する資料、絵本などを蔵書する図書館も設置。建築設計を担当したのは、建築家・山本理顕氏。「環境全体が美術館」をテーマに、周囲の海や森と調和する開放的な美術館の魅力に迫る。

自然と美術が調和する美術館

横須賀美術館は市制100周年を記念し、2007年に開館。建物は、県立観音崎公園の豊かな緑が三方を囲み、目の前には東京湾が広がる、恵まれた環境のなかに位置する。

横須賀市の美術品収集が始められたのは、1985年のこと。その後、1996年に朝井閑右衛門氏の作品が一括して市に寄贈され、そのことがきっかけで、美術館建設が具体化された。1998年には、谷内六郎夫人・達子氏から週刊新潮表紙絵が多数寄贈された。

そのほかにも、横須賀・三浦半島にゆかりのある作家の作品や、近現代の絵画、版画、彫刻を中心に、約5000点の日本の近現代美術の作品が所蔵されている。

”見せる”ことを意識した構造

建築家・山本理顕氏が率いる山本理顕設計工場の設計による建物は、ガラスと鉄板の入れ子構造からなるファサードが特徴的。シンプルながら美しいガラスの箱の中に展示室と収蔵庫を配置し、高さを抑えることにより景観との調和にも配慮している。前面にはワークショップ室やレストランが入る別棟を付け加え、広場と一体化して開放的に楽しめる空間も設け、美術を中心にさまざまな文化が楽しめる美術館となっている。

景観と一体化した外観
美術館の敷地は、後ろ三方を森に囲まれ、北東が海に面している。東京湾の眺望がすばらしく、「地形を利用して景観と建物とを一体化させたい」というコンセプトのもと、海側から見た時に背後の森への視線が抜けるよう、また、塩害対策からも、ボリュームの半分を地下に埋めた低層構造。敷地の海側は、なだらかな斜面でそのまま海につながるようにし、地上に出ている建物部分は森に隠れるように建っている。また、山側から下ると、地続きで屋上広場へ繋がっているため、眺望を楽しんだ後は、建物の中に自然に足が向くようなアプローチがされている。

ガラスと鉄板のダブルスキン構造
本館展示棟は、ガラスと鉄板によるダブルスキン(二重皮膜)で覆われている。開口部の自由度と塩害対策として、外側には透明なスキンが必要なので、外皮には錆や経年劣化が少ないガラスを採用。一方、内皮には溶接した鉄板を用いることによって、一枚の殻で全体を包み、そこに開けられた穴の大きさや数で光の量を調整している。そうすることで、目地がない平滑な面が続き、独特の雰囲気を持つ内部空間ができあがった。展示用には閉じた空間を用意しつつも、エントランスホールや吹抜のギャラリーは、自然光を自由に取り込む、開放感にあふれている。

吹抜の回廊
エントランスホールへのアプローチは、眼下に展示された作品を見ながら地下をまたぐブリッジを渡る、空間体験としても楽しめる。内皮の内側は、壁と天井が連続して吹抜空間を覆う、鉄板という素材ならではの入り隅のない天蓋のような仕上げ。この天蓋空間の中は、さらに入れ子状の構成になっており、真ん中に展示室・収蔵庫などが島状に配置されている。また、この島状のボリュームと内皮との間のお堀のような空隙が、吹抜の回廊として地階所蔵品展示ギャラリーを構成している。ここは、天井高が約12m、幅が南・西・東側で約4m、北側で7.5mの大空間であり、美術館で最も特徴的な空間となっている。

丸穴の開口部
エントランスホールや吹抜の地階所蔵品展示ギャラリーでは、鉄板の天井や壁に丸穴を開けることで、光の分量や熱、視線をコントロールしている。直射光が入らない北側は、穴を大きくし数も多く配置。一方、南側は穴が小さく数も少なくなっている。これにより空間に明暗が生まれ、北側に行くにつれ、より明るい空間へ。また、1階企画展示室を移動していくと、展示室と展示室の間の「ギャラリー」と呼んでいるスペースから丸穴越しに海の景色を見ることができ、展示室間のちょっとした緩衝空間となっている。ほかの丸穴からも周囲の緑や空の色などが見え、館内にいながら外の天気や自然を感じることができる。

さまざまな場面で見かける可愛らしいピクト
館内のサインは、特徴あるヒト型ピクトグラムが各場所への案内。階段をのぼる人や本を読む人をかたどるなどそこでの行動を表し、少しだけ人格があるようなあたたかみのあるものとなっている。

建築家
山本理顕(やまもと・りけん)
1945年生まれ。東京藝術大学大学院修了。1973年山本理顕設計工場設立。2007-11年横浜国立大学大学院教授。2018年より名古屋造形大学学長。主な作品に、「埼玉県立大学」、「公立はこだて未来大学」、「横須賀美術館」など。チューリッヒ、天津、北京、ソウルなどでも複合施設、公共建築、集合住宅を手がける。1988、2002年日本建築学会賞、1998年毎日芸術賞、2000年日本芸術院賞など受賞多数。
http://www.riken-yamamoto.co.jp/

施設案内

展示室・ギャラリー
1階の企画展示室は、海外の美術、日本の近現代美術など変化に富んだ企画展を開催。地階の所蔵品展示室とギャラリーでは、朝井閑右衛門をはじめとする所蔵作品を、さまざまな角度から親しみやすく展示。

谷内六郎館
代表作《週刊新潮表紙絵》1300余点を中心に、横須賀・鴨居にアトリエを構えた谷内六郎のさまざまな世界を楽しめる。

図書室
画集、美術図書、美術雑誌、各地の美術館の展覧会図録などを誰でも無料で閲覧することができる。
※館外貸出はしていない

同館には3つの広場がある。建物前面に広がる「海の広場」は、ワークショップ室と連動した活動や野外映画会などのイベントが行われる。また、屋外彫刻として、若林奮の《Valleys(2nd stage)》を設置。山側からもアクセスできる「屋上広場」は、本館のガラス屋根の上にはグレーチング床で、ペントハウスから館内に入ることができる。屋上広場の先には、県立観音崎公園へと続く「山の広場」があり、視線の先には東京湾が広がり、周囲の景観との一体感を味わえる。

そのほかにも、ワークショップや講演会など、多彩な催しを「ワークショップ室」で開催したり、展覧会図録や関連書籍、来館の思い出やお土産になるものを揃えている「ミュージアムショップ」。「アクアパッツァ」の日高良実シェフプロデュースによるイタリアンレストランなどもある。

目の前に広がる東京湾と観音崎公園の豊かな自然に囲まれた、歴史と美術の深いつながりが感じられる「横須賀美術館」で、ゆったりとした時間を過ごしてみてはいかがだろうか。

横須賀美術館
住所|神奈川県横須賀市鴨居4丁目1 
開館時間|10:00~18:00
休館日|毎月第1月曜日(ただし祝日の場合は開館)
http://www.yokosuka-moa.jp/

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