世界遺産「石見銀山」の町で探る
“観光のヒント”【前編】
|地域が持続する観光の在り方
コロナ禍、人の動きが制限されるいま、ニッポンの観光はどこを目指すべきか? 世界遺産、石見銀山の町、島根県大田市大森町では人々の意志で観光と暮らしの場所の両立を図ってきた。地域をけん引する松場大吉さんと松場忠さんに話を聞いた。
松場 大吉(まつば・だいきち)さん
1953年、島根県大田市大森町生まれ。2019年より「石見銀山群言堂グループ」の代表取締役会長兼社長。里山の暮らしを伝える各種事業を展開
松場 忠(まつば・ただし)さん
1984年、佐賀県生まれ。大吉さんの三女との結婚を機に大森町に移住。石見銀山生活文化研究所に入社後、2019年より石見銀山生活観光研究所社長
暮らしが観光、観光が暮らし。
大森町に人が集まるワケ。
「もう一度、自分の足元の宝を見つめ直す。コロナを通じて大きな気づきと、考える時間を与えてもらったと思っています」
石見銀山群言堂グループを率いる松場大吉さんのこの40年余りの活動は、失われかけた地域の宝を掘り起こし、日本に限らず広く世界へと発信することだった。島根県中央部に位置する山間の地、大田市大森町。日本で14番目に世界遺産登録された石見銀山に抱かれた、人口400人ほどの小さな町は大吉さんの生まれ故郷だ。
銀山の閉山で過疎化が進み、高齢化にも直面していた町に妻の登美さんと戻ったのは、石見銀山の世界遺産登録が決まる(2007年)より20年以上も前のこと。自ら土地に根づいた暮らしを実践しつつ、大森町の豊かな自然を創造の源に、昔ながらの日本の技術と精神をモノづくりに込めて衣料と生活雑貨の「群言堂」を設立。全国展開するブランドに育て上げた。
住み手のいなくなった築170年の旧商家を改修し「群言堂」本店に。大森町のメインストリートには、約300坪の敷地の中にショップとギャラリー、カフェを併設し、暮らしに根ざしたライフスタイルを発信する。さらに、旧武家屋敷を宿泊施設、暮らす宿「他郷阿部家」として営業。さまざまな場所から拾い集めた廃材を利用して、13年の歳月をかけてつくり上げた1日2組限定の「他郷阿部家」は登美さんが理想とする暮らしを表現した空間である。夏休みに「ただいま」と田舎に帰るように、自然体で寛げる。夕食を宿主とゲストが皆でともにするユニークなもてなしも評判で、国内外の延べ1万人が松場夫妻やその仲間とテーブルを囲んだ。
群言堂でも、他郷阿部家でも、その根底にあるのは「復古創新」の哲学。古いものを再生するだけでなく、時代に合わせた革新を重ねて新しい価値を生み出す。鉄道の駅もなく、バスも一日にわずか数便しかない。そんな町に人が呼び込めるのか? そう多くの人に疑問視された中で、身近過ぎて誰もが目を向けずにいた古くからの町並みや豊かな自然、田舎ならではの知恵が詰まった生活に光を当てた。自分たちの足元にある「暮らし」が観光の資源になることを示してきたのだ。
暮らす宿 他郷阿部家
住所|島根県大田市大森町ハ159-1
Tel|0854-89-0022
料金|1泊2食付3万9600円
https://kurasuyado.jp/takyo-abeke
いまこそ利己より利他
地域一体型経営がカギ
そうは言っても、石見銀山の世界遺産登録が地域の観光を活性化したのでは、と考える人も少なくないだろう。大吉さんは当時を振り返って言う。
「世界遺産という4文字は非常に強く人を惹き付けます。たいていは観光客増を期待して登録認定を求める。ただ歴史好きな方はまだしも、何を見にこの町に来たのか、何を感じに来ているのかさえもわからない方もいる。たくさんの方が来過ぎて、自分たちが伝えたいことを伝えられない状況は非常に残念なことです。また、そうはしたくない、そんな思いがありました」。実際、世界遺産のブームは数年で過ぎ去った。
町では石見銀山の世界遺産登録の翌月に「大森町住民憲章」を制定。銀山はこの町の歴史と文化を支える大切な存在である。同じように町の人々が長い時間をかけてつくり上げてきた生活環境も大切なもの。穏やかな暮らしと賑わいの両立を目指し、指針としている。
このまちには暮らしがあります。
私たちの暮らしがあるからこそ、
世界に誇れる良いまちなのです。
私たちは、
このまちで暮らしながら、
人との絆と石見銀山を
未来に引き継ぎます。
(石見銀山大森町住民憲章より)
グループの観光事業は2019年に設立した石見銀山生活観光研究所の社長として、娘婿の忠さんが立ち上げる。
「新会社の立ち上げは大森町で活躍する中心プレイヤーの年齢が高くなり、いま継承をしないと大森町の観光地としての受け皿がなくなってしまうのではないかと肌で感じたから。ただ、翌年の新型コロナの発生は想定外でしたが……。コロナ禍の対応は単体で行っても限界があります。この2年間は町の人たちとの勉強会や地域運営コンソーシアムを組織し、地域一体型経営に挑戦していく方向で話が進んでいます。地域共通チケットの運用など実験的な試みもはじめています」と忠さん。
利己から利他の時代へ。「自分だけが成長しようとする意識が強いほど地域は衰退していくと思ったほうがいいかもしれません。人間性を重視した手のつなぎ方。そこに地域の観光を持続させる答えがあるはずです」。(大吉さん)
text: Seika Mori photo: Nomiyama Akiko
Discover Japan 2022年4月号「身体と心をととのえる春旅へ。」