TRADITION

民藝に造詣の深い哲学者・鞍田崇さんに聞く
100年続く民藝が愛され続ける理由【前編】

2023.8.4
<small>民藝に造詣の深い哲学者・鞍田崇さんに聞く</small><br>100年続く民藝が愛され続ける理由【前編】

「民藝」という言葉が生まれてから約100年。民藝はいかにして現在まで紡がれてきたのか。民藝に造詣の深い哲学者の鞍田崇さんに話を聞いた。

鞍田 崇さん
哲学者。1970年、兵庫県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。著作に『民藝のインティマシー 「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会)。2014年より明治大学理工学部准教授を務める

民藝を紡ぎ、未来につないできたキーパーソン

民藝運動の父 柳 宗悦
「民藝」という新語は、河井、濱田らで起草した『日本民藝美術館設立趣意書』にて初出。その目的である「日本民藝館」を1936年に開設した。柳は初代館長に就任

陶芸家 河井寛次郎
民藝運動の推進者として、数多くの職人を牽引。「日本民藝館」所蔵の河井コレクションは1930〜1950年代の作品が中心で、その多くは柳によって選ばれたもの

陶芸家 濱田庄司
物心の両面から民藝運動を支えた、民藝運動の中心メンバー。1961年に柳がこの世を去ると、日本民藝館2代目館長に就任。重要無形文化財保持者(人間国宝)にも認定された

長い民藝運動のはじまりは
カウンターカルチャーへの着眼から

『工藝』

民藝はメディアとして産声を上げ、メディアとともに発展した
民藝運動の前身となるのは、さまざまな芸術を紹介した文芸誌『白樺』。その後、民藝運動を推進する基軸として、雑誌『工藝』が刊行されることとなった

『白樺』
1910年創刊。1923年の終刊まで、160冊を刊行した。日本の文学や芸術に大きな影響を与えたものとされる

『工藝』
1931年創刊。雑誌そのものが工藝的価値を有するよう、布張りや漆絵を施すなど、毎号装丁が工夫されていた

民藝は時代を問わず人々を励ます力をもつ

「民藝」という言葉が誕生したのは1925年。紀州で調査旅行中であった柳宗悦、河井寬次郎、濱田庄司が、「民衆的工芸」を略した新語「民藝」をつくり出した。翌年に発表した『日本民藝美術館設立趣意書』の中で、はじめて活字となり、「民藝運動」と呼ばれる活動の幕が上がる。
 
日用雑器の美しさを世間に知らしめた民藝運動の背景には、柳が武者小路実篤、志賀直哉ら学習院旧制高等科出身の仲間と1910年に創刊した文芸誌『白樺』の存在が大きい。『白樺』は芸術誌という側面も有し、バーナード・リーチをはじめ、多数の美術家と親交を深める契機にもなった。
 
後に「民藝運動の父」と呼ばれる柳の関心は西洋から東洋へ向かい、それは『白樺』からも見て取れる。そして1916年以降何度も訪れる朝鮮半島で、無名の職人による朝鮮時代を中心とした日用雑器と出合い、その経験が「民衆の生活から生まれる美」への確信を強め、柳の目は日本へ注がれた。
 
柳の工藝美に関する思想に影響を与えたひとつが、「アーツ・アンド・クラフツ運動」である。
 
「民藝運動より半世紀ほど先立つこの運動は、産業革命がもたらした劣悪な大量生産へのカウンターカルチャー。生活と芸術の再統一を主張し、19世紀末のアール・ヌーヴォー以降のデザイン運動に影響を与えました。民藝運動もこの世界的な流れのひとコマだといえます。これらの運動はあらためて生活の場に光を当て、本当の豊かさとはなにかと問いかけました」
 
民藝の持続力のポイントは、各時代におけるカウンターカルチャーであることだと、鞍田さんはいう。そうした観点から、これまでの民藝の歩みを振り返り、それを「民藝1.0」「民藝2.0」「民藝3.0」と名づけている。
 
「民藝1.0は大正時代末期。行き過ぎた近代化に批判的な視点をもち、庶民の生活道具に美を見出しました。民藝2.0は戦後の高度経済成長期。農村から都市部への人口の流入が進み、故郷へのノスタルジーとも相まって民藝の再評価につながりました。民藝3.0は2000年頃から。国際的にエコ意識が高まる一方、現実の停滞感に矛盾を覚え、身近な生活にフォーカスする民藝のまなざしに新たな共感が抱かれたのでしょう」
 
時代ごとの社会的背景は、民藝に共鳴する一助となった。
 
「民藝は、大きく時代が変化するときに重要な参照軸として注目を集めてきました。それは、どんなに社会が変容しようとも、いつでも人は日々の暮らしを営み、民藝はそこにたえず光を当ててきたからです。民藝の持続力はまさにその点にあるのではないでしょうか」

文化の長続きは手法次第?
日本とイギリスの運動で比較!

アーツ・アンド・クラフツ運動(1887年〜1910年)
目的|大量生産による粗悪な商品があふれる中、中世の手仕事に返り、生活と芸術を統一すること
手法|社会を変えようと政治に介入
生まれたもの|装飾が施されたことで美術性が高く、値段も高価

民藝運動(1926年〜現在)
目的|重要視されてこなかった暮らしの中の雑器に、美的価値を見出すこと
手法|政治とは一線を画しながらも社会の在り方に一石を投じる
生まれたもの|鑑賞のためでなく、簡素で実用性に富んだものでリーズナブル

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text: Yukie Masumoto photo: Kazuya Hayashi
Discover Japan 2023年6月号「愛されるブランドのつくり方。」

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