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小谷実由にとって
喫茶モーニング修行は朝の特別な時間
エッセイ《読む朝食》

2023.6.16
小谷実由にとって<br>喫茶モーニング修行は朝の特別な時間<br><small>エッセイ《読む朝食》</small>

朝ごはんとの向き合い方や内容は人それぞれ。《私の定番、忘れられないあの味》をテーマにしたエッセイを4名の方に寄稿いただきました。 今回は、小谷実由さんが「喫茶モーニング」について語ります。

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小谷実由(おたに・みゆ)
1991年、東京都生まれ。ファッション誌やカタログ・広告を中心に、モデルやエッセイの執筆活動を行う。さまざまな作家やクリエイターたちとコラボレートした企画にも取り組んでいる。猫と純喫茶をこよなく愛する。エッセイ集『隙間時間』(ループ舎)発売中

喫茶店のモーニングは、トーストにゆで卵、サラダ、そしてコーヒーがお得な値段で楽しめる。“早起きは三文の徳”をこんなにも味わえるシステムはない。しかし私は、早起きが苦手。モーニングが提供されている時間にお店に滑り込むことは至難の業だ。ほとんどの喫茶店のモーニングは11時くらいまで。私は11時半頃、「もしかしたら……(まだやっていたりして……滑り込みでいけるのでは)?」という絶対にかなわない浅はかな希望をもちながら入店し、モーニングのつもりの早めのランチを食べる経験を幾度となくした。モーニングは朝ごはんであり、11時にはきっかり終わるのである。その後にはランチタイムが出番を待っているのだから、お寝坊のためにモーニングは待ってくれない。
 
そんな私でも、旅先では気合いを入れて喫茶店モーニングに乗り込むことにしている。はじめて意気込んで乗り込んだモーニングの地は、喫茶店の街・名古屋。以前、長野県出身の友人から、日曜の朝は家族みんなで少し足を延ばして名古屋にモーニングを食べに行くのが定番だという話を聞いて以来、私は名古屋でモーニングを食べることにとてつもない憧れを抱いていた。前日の夜は滞在先のホテル近辺から、少し足を延ばした場所までマップに印をつけてどこに行くか入念に下調べ。ワクワクしながら布団に潜り込んで朝を待った。しかし、大問題発生。その日は日曜日で、軒並み喫茶店が定休日。浮かれ過ぎていて営業日を確認することをすっかり忘れていた私は、どこに行ってもひっそりと静かに佇む喫茶店の門構えを眺めることしかできなかった。友人よ、あなたが家族で行っていた日曜営業の喫茶店はどこですか。あまりにもどこも定休日なので、すべての喫茶店の前で悲しい顔で記念撮影をした。やっとありつけたその日の朝ご飯は、「コメダ珈琲店」の小倉トースト。諦めきれずマップに印をつけた喫茶店をすべてめぐった後だったため、モーニング提供時間はもちろん終了していて、東京でのモーニングに間に合わない自分と同じく早めのランチ的な小倉トーストだった。心身ともに疲れ切った私にあんこの甘さが染み渡り、ある種思い出の味となった。開いていてよかった、ありがとうコメダ珈琲店。
 
数年後、リベンジのため名古屋を訪れた際のモーニングではあれこれ迷わずに一番近くの行きたい喫茶店にターゲットを絞り、営業していることもしっかり確認。久屋大通にある「珈琲エーデルワイス」へ意気揚々と向かった。早起きを頑張ったとはいえ、到着したのは11時数分前。いやー、危ないけど間に合った間に合った。と入店してモーニングのメニューを確認して目を疑った……。なんとこちらのモーニングの提供時間は10時30分までだったのだ。私はどこまで惜しいのだ。しかし、幸い値段が変わる程度でお目当ての小倉トーストを食べることができた。本当は卵も食べたかったけど、喫茶店で朝ごはんに卵が食べられるのはしっかり者の早起きができる人だけらしい。私の理想のモーニング修行は続く。
 
しかし、起きるのが苦手な私だって喫茶店モーニングの戦いに負け続けているわけではない。きっとやるときはやれたりするのだ。友達とモーニングを食べよう! と約束をするときがその時。東京の喫茶店モーニングで一番に思い浮かぶのは、渋谷にある「青山壹番館」。こちらはブレンドコーヒーまたは紅茶に、バタートーストとゆで卵、フルーツはバナナが付いてくる。トーストに卵にバナナ、すごくエネルギーを感じるメンツだ。皮付きのままきれいに半分に切られたバナナを食べるのは学生時代の給食ぶりで、はじめてここでこのバナナを食べたときは少し懐かしい気持ちになったのを覚えている。そして、魅力的なメニューがもうひとつ。モーニングではないのだが、こちらのサービスセットも朝から食べることができた日にはその日のやる気やモチベーションの持続が格段に違う。サービスセットは日替わりのトースト、バナナに加えてポテトチップスやフルーツゼリーなどの賑やかな御一行で、喫茶店でポテトチップスを食べる妙な背徳感もまた楽しい。店の入り口に掲げられた看板で確認できる日替わりのトーストメニューがお気に入りのツナトーストだと迷わずこちらを選んでしまう。ちなみに今日の朝ごはんは自宅でヨーグルトだったが、有楽町「ローヤル」のはちみつヨーグルトも軽やかな喫茶店モーニングとして最適である。
 
以前代々木の近くに住んでいたときは、いまは深大寺に移転した「コーヒーハウスTOM」にもよく行っていた。こちらは家の近くにあり過ぎて油断してしまい、モーニングにいつもギリギリ間に合わず、早めランチパターンの常連だったが、一度だけ間に合ったことがあった。その日は友達との約束でもなく、朝早く撮影が終わってまだまだ一日はこれから! という日でもなく、なぜかちゃんと朝早く起きることに成功した奇跡の朝だった。モーニングの定番といえば、なんといっても厚切りトースト。祖母、母ともにパンが大好きなため、私も朝ごはんは子どもの頃からパン派。しかしTOMの厚切りトーストは、家で食べるものに比べるとあまりにも贅沢、そして思わずニヤリとしてしまう厚みで、これが喫茶店モーニングの特別感をさらに高めてくれる。家ではもったいないのと、太るのが怖いと心配しつつ、チビチビと少しずつのせながら食べる真っ赤なイチゴジャムも、このときばかりは遠慮せずにたっぷりのせる。早起きができたときだけ堂々と食べ尽くせるメニューだった。
 
硬めにゆでられたゆで卵に、分厚いトースト、目が覚める苦みのコーヒー。どれも家で再現しようと思えば、何時に起きたっていつだってできるものであることはわかっている。でも、あの早起きができた達成感と、少しずつ動き出す街のはじまりの雰囲気を感じながら喫茶店へ向かい、待ち構えてくれているかのようにサーブされる完璧な朝ごはんたちを、大好きな空間で味わうというすべての体験が、ただお腹を満たしてくれるだけではない私のモーニングセットなのだ。早起きにいそしんで、これからはもっとこの体験を増やしていきたい。

読了ライン

コメダ珈琲店
www.komeda.co.jp
 
珈琲エーデルワイス
data非公開
 
青山壹番館
住所|東京都渋谷区東1-4-27
Tel|03-3406-3387
営業時間|10:00〜18:00
定休日|日曜、祝日
 
ローヤル
住所|東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館 B1F
Tel|03-3214-9043
営業時間|8:00〜19:30、土・日曜、祝日11:00〜19:00
定休日|なし
 
コーヒーハウスTOM
住所|東京都調布市深大寺東8-21-3
Tel|042-485-1740
営業時間|9:00〜20:00、土・日曜、祝日は11:00〜
定休日|なし

 

   

 

illustration: Ayako Kubo
Discover Japan 2023年5月号「ニッポンの朝食」

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