100年を超える
ジャパニーズウイスキーの歴史
日本で本格的なウイスキーが造られてから100年余り。ジャパニーズウイスキーの歴史や今増加中のクラフトウイスキー蒸留所について解説していく!
監修=住吉 祐一郎
ウイスキージャーナリスト。福岡県福岡市の「バー ライカード」オーナーバーテンダー。翻訳書に『ウイスキー・テロワール』(スタジオタッククリエイティブ)など多数。
100年を超える
ジャパニーズウイスキー造りの歴史
ウイスキーが日本に伝わったのは、1853年とされる。サントリーの創業者・鳥井信治郎が、日本初のモルトウイスキー蒸留所「山崎蒸溜所」の建設に着手した1923年は、ジャパニーズウイスキー元年と言われる。1934年には、竹鶴政孝が余市に蒸留所を建て、1936年からスコッチスタイルのウイスキー造りを始動した。
戦後は多くの企業がウイスキー事業に参入。1971年にウイスキーの貿易が自由化され、1983年に消費量がピークに。ブームは去ったものの、ジャパニーズウイスキーが国際的なコンテストで上位入賞し、世界に認知されるように。2016年頃から蒸留所が続々と新設され、急速にグローバルに展開するようになった。
ジャパニーズウイスキーの注目トピックス
| 1923年 | ジャパニーズウイスキー元年(鳥井信治郎が山崎蒸溜所の建設に着手) |
| 1934年 | 竹鶴政孝が余市に工場を建てる |
| 1940年 | 酒税法制定 |
| 1983年 | ウイスキー類の消費量がピークに |
| 1989年 | 酒税法大幅改正(英国首相・サッチャーが関税の是正を求める) |
| 2001年 | 「シングルカスク余市10年」がベスト・オブ・ザ・ベストで最高得点 |
| 2014年 | NHK連続テレビ小説『マッサン』放送開始 |

写真=アサヒグループ
日本のウイスキーの歴史は、鳥井信治郎と竹鶴政孝の二人を父として歩んできた。第二次世界大戦の頃に設定された酒類の公定価格は、1949年には廃止され、「サントリー」、「ニッカ」、「オーシャン」がシェアを占めるようになる。
1971年にはウイスキーの貿易が自由化し、輸入量も増加。高度経済成長期からバブル期には、“レッド”→“ホワイト”→“角瓶”→“オールド”→“ローヤル”と出世魚ならぬ“出世酒”も登場した。

出典|国税庁「最近の日本産酒類の輸出動向について」
ウイスキー類の消費量は1983年をピークに減少に転じたが、2008年頃からのハイボールブームや2014年から放映されたNHKの連続テレビ小説『マッサン』の影響などで、人気が再燃。その間、新設のベンチャーウイスキーが国際的な賞を受賞、別のアワードで世界最優秀賞を連続受賞するなど、市場が変わりはじめる。
全国100カ所以上。
クラフトウイスキー蒸留所が増加中!
国内のウイスキー蒸留所は、ここ10年で急激に増え、2025年10月現在、100カ所が操業。さらに増加傾向にある。その大半が「クラフトウイスキー蒸留所」と呼ばれる小規模の蒸留所である。それぞれのストーリーや土地のテロワールを表現したウイスキーが誕生し、多様性に富むウイスキーが登場している。
また、スコットランドのように、国内のクラフトウイスキー蒸留所同士で原酒を交換する動きも出てきているという。「仲のいいところも多く、この動きが盛んになるかもしれません。他社の原酒を自社で寝かせて商品にする『ボトラー』という独立系瓶詰め業者も出はじめています」(住吉さん)。さらなる展開に注目だ。
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text: Yumiko Numa
2026年1月号「世界を魅了するローカルな酒」



































