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林業遺産ってなんですか?
日本人と森林の関係の歴史に触れてみたい

2025.10.12
林業遺産ってなんですか?<br><small>日本人と森林の関係の歴史に触れてみたい</small>

林業の営みの痕跡は各地に残され、「林業遺産」として選定されている。この林業遺産をひも解けば、日本人と森林との関係性が見えてくるだろう。今回は、人間と森林の営みを研究する「林政学」を専門とする東京大学大学院准教授・柴崎茂光さんに、日本人と森林の関係性について話をうかがった。

東京大学 大学院 農学生命科学研究科 准教授
監修=柴崎茂光(しばさき しげみつ)
専門は林政学。2021年から現職。山地や林地でのフィールドワークを核に、森林環境の保全と山村や離島地域の持続可能な発展の両立可能性について研究している。著書に『林業遺産へ行こう』(文一総合出版)など。

Q1.そもそも「林業」とは?

日本近代林学の創始者の一人・本多静六は、『林政学 前編』(1894年)の中で、林業が社会の多様な需要に応える産業であることにすでに言及しており、上の定義は新しいものではない
『林政學 国家と森林の関係 前編』/国立国会図書館デジタルコレクション

A.山からの恵みを受け取る活動のこと
林業は「木を植え、育て、伐採する」という循環的な生産活動をイメージすることが一般的。この理解はもちろん正しいが、人間と森林がかかわる活動として広くとらえ、「山とのかかわりをもちながら、木材、薪炭材、動植物、楽しみなどの多様な恵みを受け取る活動と、山地災害を軽減させるために行う活動」と定義することもできる。

Q2.林業が人にもたらす恵みとは?

伐採した木の梢を切り株に挿して山に感謝を示す儀式「株祭(かぶまつり)」の様子。人の力が及ばない自然は、古くから神聖視され、信仰の対象になった
『木曽式伐木運材図会』(部分)/林野庁中部森林管理局蔵

A.物資から癒し、信仰まで
林業が人に与えるものは幅広い。木炭や薪をはじめとする燃料、建物や道具の材料、繊維や樹皮、漆などの樹液、さらに染料としても活用できる。また木の実や動物などは食料に、そして枝葉は「緑肥」と呼ばれる肥料になる。さらに、森林セラピーを通した癒しや山岳信仰など、精神をも豊かにする。

江戸時代には「講」と呼ばれるグループを組んでの霊山参拝が流行。絵は富士講の様子。「山と人々が祈りを通じて精神的につながる側面というのもあると思います」と柴崎さん
葛飾北斎『富嶽三十六景 諸人登山』/国立国会図書館デジタルコレクション

Q3.「林業遺産」ってどんなもの?

A.林業跡地、道具、信仰風俗……地域の人々と森にまつわるもの
林業遺産は「日本森林学会」が選定する「地域の歴史の中で何らかの意味を有する有形物または無形物」のこと。森林鉄道や炭焼き窯、資料、林業にかかわる信仰まで、53カ所が選定されている(2024年度現在)。柴崎さんは「時代とともに埋もれていってしまうものを『地域の宝』として価値をつけることで、次の世代へとつなぎ、活用される可能性が守られたら」と話す。

Q4.林業遺産の未来の役割は?

A.持続可能な森づくりを考えるための第一歩に!
林業遺産の多くは身の回りに木が当たり前にあった時代のものだが、現代社会が抱える問題を解決するヒントになる。「現代の暮らしに馴染むように工夫を加えて取り入れれば、SDGsやネイチャーポジティブの達成につながる可能性を秘めていると考えています」

「林業」の在り方は未来の社会のヒントに?

日本は国土の3分の2を森林が占める森林大国。日本人は古くから、森と共生しながらさまざまな資源を生み出し、暮らしの基盤としてきた。今回は、人間と森林の営みを研究する「林政学」を専門とする東京大学大学院准教授・柴崎茂光さんに、日本人と森林の関係性について話をうかがった。
「化学系燃料や鉄、コンクリートの誕生以前は、薪や木炭など山由来の恵みが主な資源でした。かつての林業がどれほど重要な産業だったか、容易に想像できます」

林業は、第二次世界大戦期までは国の一大産業だったが、木材の輸入自由化によって安価な外国産の木材が使われるようになると、国産の木材価格は急落。現在も“稼げない産業”というイメージが定着しているのが現状だ。

しかし柴崎さんは、林業の在り方には未来の社会のためのヒントがあると語る。
「林業は“木”という再生可能な資源を利用する産業です。受け継がれてきた林業の知恵や思想は、環境問題の解決や持続可能な社会の構築に貢献できると考えます」

地域と林業のかかわりを次世代へつなげる歴史的資産として「林業遺産」にも注目している。
「林業遺産は、先人たちが大切に守ってきた宝です。実際に足を運んで、森と日本人がともに生きてきた歴史を楽しみながら知ってもらえたらうれしいです」

 

【後編】
知っておきたい「林業の歴史」

 
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text: Discover Japan
2025年9月号「木と生きる2025」

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