日本初!?奈良・天理市による“英語スローガンプロジェクト”が始動!
2022年4月15日(金)16:30、日本ではおそらく初となるインバウンド向けの一大プロジェクトが幕を開けた。奈良・天理市役所から発表されたのは、英語版キャッチコピー。なぜ、天理市が英語スローガンを生み出すに至ったのか? その理由とプロジェクト始動までの背景をお伝えしていく。
世界に向けて、地域の特徴を表現したスローガンを
「Time Travel City」
「Be a Time Traveler.」
時空を越えた旅ができる町・天理――。このふたつの言葉は、海外観光客に向けて天理市がどのような町かを伝えるための英語版キャッチコピーだ。
アメリカでは、「THE LAST FRONTIER」(“最後の辺境”アラスカ)、「10,000 Lakes」(“1万の湖”ミネソタ)、「FAMOUS POTATOES」(“じゃがいもが有名”アイダホ)など、州や市の魅力がひと言でわかるキャッチコピーが存在する。一方、日本には訪日外国人に向けた、わかりやすくて魅力的な英語版キャッチコピーは、ほとんど存在しない。海外の方が日本の旅行先を検索したとき、気になる町やスポットなど地域の特徴を表現したスローガンがあると、旅の目的地として関心を得ることができるのではないだろうか。つまり地域それぞれに魅力的な英語のスローガンがあれば、東京や京都以外の地域にも世界中の人たちがアクセスしやすくなるはずだ。
そうした背景から「日本全国英語スローガンプロジェクト」が立ち上がった。メンバーはクリエーティブプロジェクトベース代表の倉成英俊さん、電通Bチームのクリエイティブディレクターのキリーロバ・ナージャさん、そして小誌である。
そして、本プロジェクトにはじめて名乗りを上げたのが奈良・天理市。「2025年の関西万博に向けて天理の魅力を世界へと伝えたい」という想いが、「天理市英語スローガンプロジェクト」を生み出した。
本プロジェクトを推進するメンバーは、天理大学に通う6名の学生たち。天理市観光協会の依頼を受けて、天理市長・並河 健さんと天理市役所の東 博さん、マタレーゼ・エリックさんが伴走。導き人として、倉成英俊さん、キリーロバ・ナージャさん、そして弊社代表の高橋俊宏も加わるという体制で進められた。
この取り組みのユニークな点は、未来を担う若者が主体となったこと、さらに私学初の外国語学校をルーツにもつ天理大学の学生が手掛けたということ。官学民一体のプロジェクトになったことに加え、世代や国籍を超えたメンバーで構成されていることも特筆すべき点である。並河市長はこのように振り返る。
「我々日本人にとってもわかりやすく、ネイティブの方々にとっても興味・関心を引く、素晴らしいコピーが生まれたと感じております。天理という町は、ヤマト王権がつくられた時代から中世~近代にかけて、さまざまな歴史が層のように積み重なっています。昨今、持続可能な社会が求められる世の中で、古来日本に根づく暮らし方や考え方に未来へのヒントが隠されているとすると、天理においても、ただ昔のことを探るだけではなく未来に対しても示唆を示すことができる町でありたいと考えております。これから多くの方々が天理について考え、より楽しくしていくためのアイディアが、英語スローガンをきっかけに生まれていくことを期待しています」。
本プロジェクトの発起人である倉成さん、ナージャさんは、発足のきっかけをこう話す。
「『日本全国英語スローガンプロジェクト』は、インバウンド旅行客が来られない間に整備すべきだというナージャさんの気づきからはじまりました。今回、天理市から生まれた英語スローガンは、全員の合作。これから取り組んでいかれるプロジェクトも含めて、近未来にも旅ができるコピーになっています。今後、皆さんのアイディアを乗せながら、海外へ魅力を伝えていただきたいですし、ナージャさんとともにお手伝いしたいと思います」という倉成さんの言葉に、ナージャさんが続ける。
「日本には各地域ごとにそれぞれ独自の魅力をもっているのに、海外の方に伝わっていないことがもったいないと、ずっと気になっていました。今回のプロジェクトでは、天理に住む皆さんとともに生み出したことに大きな意味があると感じています。授業を通してコピーをつくるためのコツは教えましたが、一人ひとりの切り口や見方がぎゅっと詰まっている。時空を超えて旅ができるのは、ほかの町にはない魅力です。これからどんなタイムトラベラーが訪れて、どの年代を旅していくのか楽しみです」。
約2500年の時をかける
タイムトラベルシティ・天理
初代・神武天皇(じんむてんのう)が宮を建立され、日本建国の地とされる奈良。その北中部に位置するのが天理市だ。今回発表された英語スローガンに“Time Travel”がキーワードとされた理由は、天理における“時代の幅広さ”にある。
同市は、古墳時代初頭(3世紀中頃)からの古墳が約1700基存在するほか、712(和銅5)年、元明天皇に献上された『古事記』に登場する日本最古の神宮「石上神宮(いそのかみじんぐう)」、720(養老4)年に完成した『日本書紀』に記される日本最古の道「山の辺の道」があるなど、数多くの文化財が集積する文化遺産都市である。また、1838 (天保 9)年には「天理教」が立教、宗教施設が集中することから、日本最大級の宗教都市ともいわれている。
一方、2017年には、nendo・佐藤オオキさんや、graf・服部滋樹さんらが手掛けた交流拠点「CoFuFun(コフフン)」が天理駅前に誕生。同年には、「山の辺の道」沿いに建つ複合施設「天理市トレイルセンター」もリニューアルを果たした。そのほか市内には地域住民が集うカフェなど、新しい観光拠点も生まれている。ひとつの町の中で、約2500年前から現代にかけて、さまざまな時代を体感できる稀有な町。それが天理における最大の特徴といえるだろう。
天理市英語スローガンプロジェクトが天理市からはじまった理由。それは、地域の歴史にも強い関係性がある。実は、奈良はさまざまな文化のはじまりの地。清酒発祥の地である「菩提山 正暦寺」や、『日本書紀』には日本ではじめて薬猟(くすりがり)*1を行った記録が残るほか、相撲や饅頭、かき氷など多様な文化が生まれている。
こうした“はじまり”は天理市も例外ではない。実は天理大学は、私学で日本初の外国語学校として誕生した歴史をもち、世界十数言語の研究を行う“語学の天理”と呼ばれる。はじまりの地・奈良から、グローバルな視点を先駆けて重要視した天理大学とともに歩みを進めた今回のプロジェクトは、天理という地だからこそ大きな意味があるといえよう。
*1 長生のための仙薬の材料にする薬草や獣の角をとる日で、宮中行事のひとつ。『日本書紀』には、611年に推古天皇が薬猟をしたと記されている
天理市×天理大学
二人三脚で、450のキャッチコピーを生み出す!
天理市英語スローガンプロジェクトのはじまりは、2021年10月にさかのぼる。新型コロナウイルス感染症拡大状況に鑑みて、初顔合わせはオンライン。その後、さまざまなステップを通して英語版キャッチコピー開発に向けて走り出した。
まずはじめに掲げられたミッションは、「情報収集」。天理大学の学生6名が、“天理市のSNS担当”として、外国人に向けた天理市のおすすめのスポットをInstagramやtwitterにハッシュタグ「#tenri_travel」をつけて投稿・発信するところからはじまった。
11月12日には、倉成さん、ナージャさん、高橋が天理市を訪問。並河市長や天理市同席の下、天理市英語スローガン制作に向けた“ヒミツのプロジェクト”が天理大学で開催された。実はナージャさんはコピーライターランキング世界1位(2015年)にも輝いた、キャッチコピーの世界選手。独自につくりあげたコピーライティングのメソッドを学生らに伝授しながら、SNSのリサーチを元に、まずは日本語で天理の魅力ワードを抽出していく。翌日は、学生がおすすめしてくれた景観スポットや食事どころ、「山の辺の道」などを歩き、天理の魅力を五感でインプットしていった。
11月15日、天理駅の高架下にあるパブリックスペース「天理だんまち(天理駅南団体待合所)」に会場を移し、キャッチコピーをつくるための短期集中ワークショップを開催。倉成さんたちが事前に英語化した天理の魅力ワードを、旅を連想させる動詞と組み合わせながら、天理大学の学生と天理市、高橋を含む9名で、450本ものキャッチコピーを生み出した。
天理の英語スローガンが、
「Time Travel City」、「Be a Time Traveler.」に決定!
コピーライター・ナージャさんのオリジナルメソッドをもとに、わずか2時間で生み出された450本のキャッチコピー。一つひとつ精査し、文法面などを手直ししながら、最終リストとして39本を作成。さらにそこから天理市と弊社のメディア視点を加えて5本に厳選。並河市長への最終プレゼンを経て決定したのが、さまざまな時代の流れを楽しめる天理ならではの特徴を表現した2つのキャッチコピーだ。
「Time Travel City」
「Be a Time Traveler.」
そうして迎えた2022年4月15日(金)、学生らも交えて開催された記者発表会では、天理大学の学生が、英語スローガン完成までを振り返る。
「コピーの数を絞り出すことに苦戦しましたが、大学生活でも知らなかったことに出合え、新しい気づきや視点を得られました。皆でつくったものがスローガンとして選ばれたことに感動しています。“Time Travel City”が世界に広まり外国人が訪れて、次の人へとバトンがつながってくれるとうれしいです」。
それに呼応するかたちで、天理市の東さんは「まずはSNSなどで発信しながら、教育の現場にも組み込み認知を広めつつ、天理市民が自分ごと化して発信力を高められるような施策を考えていきたいです」と、これからの展望と期待感を話す。日本では、まだほとんどの市区町村が取り組んでいないインバウンド施策が、奈良・天理で口火を切った瞬間だった。世代や国籍を飛び超え、ついに産声を上げた天理市英語スローガンプロジェクト。時空を超えた旅ができる町として、天理が世界に名を馳せる日もそう遠くない。
「石上神宮」、「山の辺の道」など、天理で連綿と継がれてきた歴史や、常に生まれつつある新しい文化に出合う旅――。次の旅の目的地は、2500年前か1500年前か……、いつの時代の天理へ出掛けたいですか?
text: Discover Japan photo: Robert Ippei