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風景写真家・森田敏隆さんが撮る
この春見に行きたい
日本が誇る桜の名所【後編】

2022.3.19
<small>風景写真家・森田敏隆さんが撮る</small><br>この春見に行きたい<br>日本が誇る桜の名所【後編】

桜は日本人の原風景。時節柄、花見に出掛けることそのものが貴重になりつつありますが、春の到来を喜び、桜を愛でたいと思う心は、やはり掛け替えのないものです。全国各地の桜の撮影を続ける森田敏隆さんに、とっておきの10名所を教えてもらいました。

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桜のこと、語れますか?

日本人にとって身近な存在ながら、意外と知らない桜のこと。桜の魅力がより鮮やかさを増す、そんな基礎知識をまとめました。

山梨県・韮崎市 わに塚の桜と八ヶ岳

覚えておきたい桜の種類
桜は、野生種と栽培品種に大きく分けられる。分類の方法によってその数は変わるが、野生種は世界中で約60種類、栽培品種は数百種類に及ぶという。

野山に自生する野生種は北半球の温帯で見られ、そのほとんどは日本や中国など東アジアに自生している。1本ずつDNAが異なるため、同じ種類であっても花の色や樹形の個性はさまざま。日本では、ヤマザクラ、オオヤマザクラ、エドヒガンなど13種が見られる。

一方の栽培品種は、接ぎ木や挿し木など人の手によって増やされたもの。接ぎ木や挿し木で育てたものは、同じDNAをもつクローンで、同じ種類であれば遺伝的にはほぼ均一。そのため、同じ場所では開花期もよく揃う。

ちなみによく耳にする八重桜、しだれ桜は種類名ではなく、それぞれ、花びらの多い八重咲きの桜、成長した枝が下向きに垂れる桜の総称。八重咲きのうち花びらが100枚以上にもなるものは、菊咲きともいわれる。

お話をうかがったのは……
サクラ博士
大原隆明(おおはら・たかあき)さん
富山県中央植物園主任。1968年、愛知県出身。東京都立大学理学部博士課程中退。サクラ属の分類学的研究に携わるかたわら、富山県のフロラ調査にも取り組む。著書に『サクラハンドブック』(文一総合出版)などがある

かつてのお花見の中心的存在
ヤマザクラ(山桜)
温暖な気候を好み、本州、四国、九州に分布。日本で最も一般的な野生種のひとつで、江戸時代にソメイヨシノが登場する以前は、お花見といえばこの桜だった。白い花と同時に赤茶色の若葉が開く

種類|野生種
花径|30㎜前後
花弁色|ほぼ白色
代表的な名所|吉野山(奈良県吉野町)、五月山公園(大阪府池田市)

現代で最も一般的な桜
ソメイヨシノ(染井吉野)
北海道南部から九州まで各地で見られる。江戸時代、野生種のエドヒガンとオオシマザクラから生まれた雑種と考えられており、日清・日露戦争後に全国に広まった。開花期に若葉が開かないのも特徴

種類|栽培品種
花径|30㎜前後
花弁色|淡いピンク色
代表的な名所|隅田公園(東京都台東区・墨田区)、万博記念公園(大阪府吹田市)

八重咲きの代表品種
カンザン(関山)
東京の荒川堤から広まったとされる栽培品種。色が濃く大型の花には、フリルのようなうねりがあり、花と同時に若葉が開くのも特徴。開きかけの花は、桜湯用などとして、塩漬けに加工される

種類|栽培品種
花径|50㎜前後
花弁色|濃いピンク色
代表的な名所|新宿御苑(東京都新宿区)、静峰ふるさと公園(茨城県那珂市)

古くから人気のしだれ桜
イトザクラ(糸桜)
野生種のエドヒガンのうち、成長した枝が下向きに垂れるしだれ桜で、古くから各地で栽培されてきた。代表的なしだれ桜には、同じくエドヒガンのひとつ、ヤエベニシダレ(八重紅枝垂)もある

種類|栽培品種
花径|25㎜前後
花弁色|淡紅~白色
代表的な名所|角館武家屋敷(秋田県仙北市)、身延山久遠寺(山梨県身延町)

絶滅危惧種や園の研究で発見された県オリジナル品種など約120種類の桜を楽しめる。4月上中旬の「さくらまつり」期間中は開園時間を延長し、300m続くソメイヨシノの並木をライトアップ。幻想的な光景が広がる

富山県中央植物園
住所|富山県富山市婦中町上轡田42
Tel|076-466-4187
開園時間|2~10月/9:00~17:00(入園は16:30まで)、11~1月/9:00~16:30(入園は16:00まで)
休園日|木曜(W、お盆は開園)、年末年始
料金|一般500円、高校生以下・70歳以上無料
※冬期(12~2月)一般300円

古来の春の風物詩
日本人と花見文化

いつから、どのように愛でてきたのか。日本人と桜の関係に想いをめぐらせてみる。

起源は豊作祈願のハレの席
桜という言葉は、農耕の神を表す「サ」と、神の座を表す「クラ」からなるという。冬の間、山にこもっていた神が里へ降りてくる春。人々は神に感謝の気持ちを表し、豊作を祈って、料理や酒を用意して神をもてなした。このハレの席が花見の起源と考えられている。

庶民の間でそうした花見が行われていた一方で、宮廷で桜がもてはやされるようになったのは平安時代以降。それまでは中国文化の影響もあり、花といえば梅を意味した。それが遣唐使廃止後、日本独自の文化が育まれるにつれ、桜が再注目された。これは、奈良時代の『万葉集』には、梅を詠んだ歌が桜の倍以上あるのに対し、平安時代の『古今和歌集』では、桜を詠んだ歌が圧倒的に多くなっていることからもうかがえる。

豊臣秀吉が火付け役に
こうした古くからあった花見や桜を愛でる風習が大々的な行事になったきっかけのひとつに、豊臣秀吉が催した「醍醐の花見」がある。秀吉は、平安時代から〝花の醍醐〟と称される桜の名所、京都の醍醐寺に700本の桜を植え、三宝院の建物と庭園を築いた上で、1598(慶長3)年3月15日、盛大な花見の宴を開催。宴には1300人余りが参加したと伝わる。

江戸の桜名所のひとつ、御殿山(現在の品川区北品川付近)での花見の様子が描かれている
歌川広重『江戸名所四季の詠 御殿山花見之図』/1847(弘化4)年~1848(嘉永元)年頃/画像提供=東京都立図書館

江戸はお花見ルネサンス
現代のような花見が一般的になったのは江戸時代。8代将軍徳川吉宗の命により、隅田川堤や飛鳥山などに桜が植えられ、庶民の行楽を奨励したことにはじまるとされる。隅田川のほとりで、関東風桜餅の元祖といえる「長命寺桜もち」が生まれたのもこの時代。

江戸の桜の名所にはほかに上野山、吉原などが挙げられるが、いずれの名所も、古来の花見とは異なり、自生する桜ではなく、人工的に植樹された桜が咲き誇っていた。江戸っ子にとって花見は、年に一度の掛け替えのない楽しみ。吉原では、メインストリートに数千本の桜を植えてぼんぼりを飾り、普段は立ち入ることができない一般の女性も含め多くの人が訪れ、夜桜を楽しんだ。飛鳥山では水茶屋や揚弓場(ようきゅうば)が並び、飲めや歌えやの大賑わい。一方、上野山は江戸随一の名所として多くの人で賑わったが、徳川家の菩提寺境内のため、楽器の演奏や生食、夜間の花見は禁止されていたという。

撮影:2011年5月5日

青森県・弘前市
弘前城 花筏
1611(慶長16)年に築城された弘前城は、現存天守12基のうちのひとつで、周囲は弘前公園として整備されている。園内には約2600本の桜があり、「さくら名所100選」のほか、みちのく三大桜名所にも数えられる。「基本的に私は、満開の少し手前に撮影に行くので、花筏(はないかだ)はほとんど撮りませんが、これは海外向けという依頼で撮影しました。花筏は、花びらが浮かんでいればいいというものではなくて、上で咲いている桜も満開で、そこからはらはらと舞う様子が美しい。木に花がなくて、水面に敷き詰めたようだと情緒がなくなってしまいますから。そういう意味でも、足を運ぶタイミングを見極めるのが大切ですね」

住所|青森県弘前市下白銀町1 弘前公園
アクセス|電車/JR弘前駅から徒歩約30分。タクシーで約10分、車/東北自動車道大鰐弘前ICから約25分

撮影:2011年4月18日

宮城県・柴田町
桜と東北本線
白石川堤一目千本桜
船岡~大河原 船岡城址
「さくら名所100選」のひとつで、宮城県南部を流れる白石川(しろいしがわ)の堤防上に、約1200本の桜が約8㎞にわたって並木をつくる。「ひと目で1000本を見渡せる“一目千本桜”だけあって、木の向こう側が見えないほど、密集して咲いています。古木が多くて幹も立派。この写真は、同じく桜の名所である船岡(ふなおか)城址公園から撮影したもの。車両のレトロな雰囲気と相まってのどかな風景ですが、反対方向に目を転じると、桜並木の背景に雄大な蔵王連峰が広がって、またひと味違う桜景色を楽しめます」

住所|宮城県柴田郡柴田町船岡12付近の白石川の堤防沿い
アクセス|電車/JR船岡駅から徒歩約10分、車/東北自動車道村田ICから約15分

ほかの名所を知るなら
こちらをチェック!

『一度は見たい桜』
価格|1980円
発行|光村推古書院

text: Miyu Narita
Discover Japan 2022年4月号「身体と心をととのえる春旅へ。」

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