美しい日本語(前編)
「いまさら聞けない手紙のマナー」
帰省が叶わない人も多い今年の年末年始。こんなときだからこそ「手紙」で一年分の感謝を伝えてみませんか? 贈り物に手書きのメッセージを添えるのもいいかもしれません。手紙を書くときに役立つ、柔らかな印象を与える美しい日本語を集めました。
教えてくれた人
上野 誠(うえの・まこと)
日本文学者(万葉学者)、民俗学者。奈良大学文学部国文学科教授。万葉学の第一人者として知られる。著書に『さりげなく思いやりが伝わる大和言葉』(幻冬舎)など
【この上もない】
例)この上もない喜びでございます。
これに勝るものはないこと、これ以上ないことを表す。漢語を使い「最高の」、「最上の」との言い換えも可能だが、大和言葉の「この上もない」のほうが丁寧で、感情が込もっている印象を与える。これは言葉の使用頻度の違いが一因である。めったに使われない「この上もない」のほうがありがたみを感じるのだ。
【ひとかたならぬ】
例)ひとかたならぬご支援を賜りました。
相手の尽力に対し、感謝する場面で使うことが多い。漢字で書くと「一方ならぬ」となる。「一方」とは「ひと通り」、「普通」を表し、「一方ならぬ」と打ち消すことで、「ひと通りでなく」、「普通でなく」、「並々ならず」という意味になる。「ひとかたならぬお世話になりました」、「ひとかたならぬご支援の賜物です」というように、「非常に」、「大変」などの代わりに使いたい。
【心ならずも】
例)心ならずもお断りいたしました。
できることならこたえたいけれども、不可能なときに使う。「不本意ではあるが、やむを得ずしなくてはならない」という意味になる。思いに反して相手に迷惑をかけたり、期待にこたえられなかったりしたときに「心ならずも」を添えると、申し訳ないと思う気持ちが伝わりやすい。別の表現として、「情(の部分)においては忍びないけれど」もよく使われる。
【かえすがえす】
例)かえすがえすも残念でなりません。
出来事や思い出を振り返り、ひとつの考えに達したと思っているときに使う。今日では助詞「も」を伴って、「かえすがえすも」と使用することが多い。「何度思い出してみても」という意味がある。似た意味の言葉に「つらつら」がある。いずれも、「あのとき、ああしていればよかったのに……」というようにネガティブに過去を回顧するときに使う。
【あいにく】
例)あいにくその日は別件がございまして……。
予想に反して目的が達成できないことを、残念がって伝えるときに使う。たいそう憎いことを表す「あやにく」が変化した言葉で、「たいそう憎いと思うほど残念である」という意味合いがある。例文のように言えば、「本来ならば予定を空けておくべきところを、残念なことに別件があり、申し訳ありません」という気持ちが伝わる。
【あやかる】
例)皆様にあやかりまして、私も精進を続けていく所存です。
よい影響を受けて、よいものに変化することを意味する。「見習う」という言葉に近いが、「あやかる」のほうが見習うべき相手を敬い、相手との関係を大切にしたいという気持ちを込めることができる。また、「あやかる」のほうが対象が幅広く、「名前にあやかる」、「幸運にあやかる」という言い方もできる。
【ひとしお】
例)お喜びも一入(ひとしお)かと存じます。
副詞的に用いて「ひと際」、「いっそう」、「一段」という意味になる。もともとは、回数を表す接頭語で、染物を染め汁に浸す回数をいう。「ひとしお」を使うときには、あらかじめ程度の大きいものと小さいものが想起されている。その中で大きなものにあたるときに使う。
【いずれ】
例)いずれお会いいたしましょう。
いつとは言えないが、近い将来のことをぼかして伝える言い回し。「いずれ」は複数からひとつを選ぶ言葉で、「人」、「時」、「場所」、「事」、「物」が決まらないときに使う。また、いまはまだ決めたくないときにも使用する。同様の表現に「早晩(そうばん)」、「遅かれ早かれ」がある。
【いたく】
例)昨日のご講演には、いたく刺激を受けました。
心を揺さぶられるような体験をしたときに使う。漢字では「甚く」または「痛く」と書き、「はなはだしく」、「ひどく」、「大変」という意味がある。「いたく感銘を受けました」、「いたく感激いたしました」のように、「とても」、「大変」などの強調表現の代わりに使いたい。
【不躾】
例)不躾なお願いで恐縮ですが……。
失礼を承知で、依頼や質問をするときに使う。「しつけ」に「不」という否定語をつけて、「躾がない」と自ら言うことで謙虚な姿勢を表すことができる。「不躾ではありますが」と前置きすると、切り出しにくいことを言いやすくなる。また、心遣いや申し訳ない気持ちを伝えることもできる。
【重ね重ね】
例)重ね重ねお礼申し上げます。
何度もくり返すさまをいう言葉。回数の多さや程度の大きさを表し、それが自分の心の奥にある真情に基づく場合にのみ使う。「いくえにも」、「じゅうじゅう」、「くれぐれも」という意味になる。「重ね重ねお礼申し上げます」には、何度お礼を言っても言い足りないほどの心からの感謝の気持ちが込められている。
【ご無沙汰】
例)長らくのご無沙汰お許しください。
「沙汰」には、物事を処置することや報告・通知の意味がある。それがないのが「無沙汰」で、丁寧に言うと「御無沙汰」となる。かつては、目上の人には定期的に挨拶に行くのが礼儀だったことから、「本来ならご挨拶にうかがうべきところを失礼いたしております」と相手を敬う表現になる。
【遅ればせながら/遅まきながら】
例)遅ればせながらありがとうございました。
遅れてその場に駆けつけることを「遅ればせ」という。「遅ればせながら」は、タイミングを逸したことに対して恐縮する際、前置きとして使う言い回し。お詫びの気持ちを込めることができ、誠実な印象を相手に抱かせることができる。似た表現に「遅まきながら」があるが、こちらは謝罪の意を含まない。「遅まきながら資格に挑戦します」などと使う。
【心待ち】
例)お目にかかれますことを心待ちにしております。
心の中で期待して待つことを相手に伝えたいときに使う。取引先に依頼や提案をし、返事を促す場合、「よいお返事を心待ちにしています」と言えば、「楽しみにしています」と言うよりも、ワクワクしながら待ち望む気持ちがしっかりと伝わる。「待つ」という言葉は受け身ではあるが、「心待ち」にはポジティブな印象がある。
いまさら聞けない手紙のマナー
・書き方のルール
・書き方講座
・美しい日本語(前編)
・美しい日本語(後編)
copyist : Tomoko Kawano letter supervision text : Discover Japan photo : Yuri Kashiwagi
2016年4月「30分で納得 ニッポン文化集中講座 マナー」