HOTEL

ライティングデザイナー 武石正宣さん編
宿づくりのプロに聞くリセットしに行く宿

2022.6.7
ライティングデザイナー 武石正宣さん編<br><small>宿づくりのプロに聞くリセットしに行く宿</small>

慌ただしい日常から距離を置いて頭の中を解放したい。はじめての土地で、新しい何かをインプットしたい。そんな気分にふさわしい宿を、宿のスペシャリストたちに教えてもらった。

<教えてくれた人>
ライティングデザイナー 武石正宣さん
1959年、神奈川県生まれ。多摩美術大学建築科卒業。’96年にICE都市環境照明研究所を設立。北米照明学会国際照明デザイン賞をはじめ受賞歴多数。主な仕事に「星のや」、「ヒルトン長崎」の照明など

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日本の伝統美と快適性を両立する宿

日常から距離を置く宿泊施設において、その場の明かりは重要なファクターとなる。ゲストはどんな気分でどう過ごすのか。武石正宣さんは、シチュエーションや人と建物の距離感、ときには時間の流れとともに色温度や明るさを変え、ライティングで「場の空気」をつくってきた。

「星のや」では、スタートの軽井沢を筆頭に国内外すべての施設において、武石さんをはじめ建築やランドスケープも一貫して同じメンバーで「星のイズム」をつくり上げてきた。「星のやがおもしろいのは、各地のテロワールを取り入れているために、かかわる人間は変わらないのに地域によってまるっきり違うホテルが出来上がるというところでしょうか」

沖縄・読谷村に2020年にオープンした「星のや沖縄」は、グスクを模した壁の奥に連なるすべての部屋がオーシャンフロント。「海を見ながらのプールもいいですね。冬でも入れるよう温度管理がされて、併設のラウンジで寛げる。夕食を部屋でとれるサービスもうれしい試みです」

星のや沖縄
住所|沖縄県中頭郡読谷村儀間474
Tel|0570-073-066
料金|1泊1室13万6000円~(税・サ込、食事別)
https://hoshinoya.com/okinawa/

人工的な明かりだけでなく、自然光がつくる明暗にこそ日本の美が宿っていると武石さん。京都の町家を生かした「旅館花屋」はその最たるもので、本当は教えたくないけれど……との前置きとともに紹介してくれた宿だ。もと呉服商だった町家は、中庭を隔てた座敷の間が客室になっている。光が射す庭と、薄暗い部屋でこそ感じられる和の意匠。そんな町家の正しい姿を見せつつも、お風呂やトイレなどの水まわりは高級ホテルに並ぶ快適性を備え、まさに「オールド&ニュー」を実践する。

「オーナーが建築家ということもあり、廊下のきしみを裏側から見えないように補正したり、アルミになってしまっていた窓のサッシを木に戻すなど、古いからこそのよさをいまに残す一方で、ホテルの快適性をうまく取り入れています。宿泊は1日に2組限定で、一棟貸しもOK。オフシーズンなら1棟貸しで5万円ちょっとという良心的な価格も魅力です」。見るからに身体にやさしい朝ご飯もうれしいと武石さん。季節の魚の干物に自家製味噌の味噌汁、だし巻き卵に無農薬・減農薬野菜のおばんざい。「連泊すると魚や煮物が変わったりと、温かな気遣いを感じます。ここにはできれば連泊して、2日目は朝から庭を眺めながらゆっくりしてほしいです」。ついあちこち出歩きたくなる京都でこそ、ただ泊まるという時間の過ごし方が贅沢かもしれない。

築約100年の京町家を改装した1日2組限定の宿。部屋からは中庭と裏庭を望む。夕食は仕出しも利用でき、京都の中心でのおこもりステイを満喫できる

旅館花屋
住所|京都府京都市下京区木賊山町180-1
Tel|075-351-0870
料金|1泊朝食付1万2500円~(税・サ込)
https://www.hanaya.ne.jp/

コンセプトが明確な宿こそ
心に響くものがある

「barに泊まる」がコンセプト。20歳以上限定で、酒と温泉を心ゆくまで楽しめる。部屋はデスクを備えたスタジオからスイートルームまで多彩に揃う

「ここはね、お酒が好きな人には楽園のようなホテルです」とは、武石さんが照明を手掛けた「bar hotel 箱根香山」。バーホテルというだけに、ウエルカムドリンクがシャンパーニュだというから期待できる。バーでのチェックインは18時以降、チェックアウトは14時。バーカウンターには夜中でもバーテンダーが立ち、よほどのお酒以外は宿泊料にインクルード。夕食はなく、バーフードが充実している。「お酒を飲む人には懐石料理のフルコースより、ちょっとつまむぐらいがちょうどいい。スパイスの効いた締めのカレーなども美味しいですよ」。翌日のブランチは、そば粉のガレットに季節のブッフェがつくような軽いメニューで、遅くまで飲んだ人への心配りが徹底している。「極め付けは貸し切りのスパ『private spa & bar』ですね。別料金ですがほとんどの人が申し込みます。半露天の温泉で、サウナがあり、なんとバーがついている。ハーフスパークリングワインなどが冷やしてある、まさに贅を尽くした空間です」。夕方から出掛けて、ひとりでも気負いなく長い夜を過ごせる。近くに美術館があり、途中で立ち寄るのもおすすめだ。

bar hotel 箱根香山
住所|神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷507-4
Tel|0460-82-0111
料金|1泊1食付7万7000円~(税・サ込)
https://www.barhotel.com/

尾道水道を一望する立地でスタジオ・ムンバイの世界観を体感できる宿。地産地消の食事もよく、ビジョイ氏の書斎をイメージしたライブラリーも必見

武石さんが橋本夕紀夫さんなど仕事仲間と訪れ、度肝を抜かれたというのが「尾道のLOG」だ。昭和30年代のアパートメントをリノベートしており、世界で注目されるインドの建築家、ビジョイ・ジェインさん率いる「スタジオ・ムンバイ」が国外で唯一プロデュースした物件である。「千光寺へ向かう坂道の途中、猫があくびしていそうな場所にあって、ここではすべてにおいてスタジオ・ムンバイが考える日本と、彼ら自国のDNAが融合した独特な空気が漂っています。日本っぽいけれど、日本じゃない。それは外資の5つ星ホテルが見せる世界観とはまったく違います」。部屋のベッドの並べ方や、手仕事を感じる建物の仕上げ、使っているリネンにさえ刺激を受けると武石さん。「アパートメントのすべてを客室にしているのではなく、壁を抜いただけのエンプティな空間もあります。中庭もただ砂利が敷いてあるだけ。おもしろい宿だと話に聞いてはいましたが、実際に訪れるとこれまでとはまったく別のスイッチを押される感じがします」。壁に塗る色ひとつとっても、実験と検証を繰り返しながら、その土地に一番合うものを見つけていく。彼らが日本で見せてくれたホテル完成までの軌跡は、併設のギャラリーで追うことができる。

LOG
住所|広島県尾道市東土堂町11-12
Tel|0848-24-6669
料金|1泊2食付2万8600円〜(税・サ込)
https://l-og.jp/

text: Yukie Masumoto, Misa Hasebe
Discover Japan 2022年5月号「ニュー・スタイル・ホテルガイド2022」

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