「デリカ」地元埼玉の食材にこだわるビストロ
犬養裕美子さんの新・レストラン名鑑
どんな小さな店でも、どんな辺鄙な場所でも、「ホンモノ」であれば、必ず人は引き寄せられる。レストランジャーナリスト・犬養裕美子さんの《新・ニッポンのレストラン名鑑》。今回は地元埼玉の食材にこだわるレストラン「デリカ」を紹介する。
東京を中心に世界のレストラン事情を最前線で取材する。新しい店はもちろん、実力派シェフたちの世界での活躍もレポート。また、日本国内各地にアンテナを張り、料理や食文化を取材。農林水産省表彰制度「料理マスターズ」審査員。
地元埼玉の素材のみを選ぶレストラン
食の世界で埼玉といっても、なかなか「これ!」という素材や食品や料理が思い浮かばない。美味しい店を訪ねても、地元の人は「埼玉には美味しいものがないから」と諦め顔。どうも埼玉県人は地元の素材を過小評価しているようだが、「そんなことはない!」と気づいた料理人がいた。
2018年3月大宮にオープンした「デリカ」は、食材のほぼ100%が埼玉県産。オーナーシェフ山﨑暢氏は、実際に生産者を訪ね歩き「美味しい」理由に納得したものだけを選ぶ。そんな彼でも5年前まではほとんど知らなかったという。
「ある日、父親が近くの直販所でブルーベリーを買ってきたんです。何気なく食べてびっくりしました。ちょうど輸入物をお店で使っていて、比べたら埼玉産のほうが明らかに美味しい」。「生まれ育った故郷で独立したい!」とずっと思っていたが、埼玉でどんな店を出すべきか、思い悩んでいたときだった。
「埼玉産の素材に徹底しよう! 埼玉県民も知らない、いろいろな素材を紹介したい」と方向が定まった。それからは毎週のように生産者の元へ通い、県全体の食材をほぼ把握した山﨑シェフ。ついに「ダサイタマ」を卒業して「ドサイタマ」な店、誕生!
埼玉味をどう表現するか。
素材と調味料のバランス
さて、埼玉産素材の料理とはどんなものだろう。メニューを見ると、基本はフレンチ、変化球に中華や和食を取り入れているようだ。山﨑シェフが修業したのは、フレンチだが、中でもお得意は東京・南青山の「ローブリュー」で学んだ自家製のハムやソーセージなどの加工肉。ハムに加工することで肉の美味しさや、より深い味わいを引き出している。
また、富ケ谷の人気ワインバー「アヒルストア」でで得たワインの知識とそれに合わせた料理も好評。さらに楽しく飲んだ後の〆のご飯ものや麺も変則的だが登場する。
「素材を手に取って、どう料理するか考えます」。正攻法でいくか、埼玉ならではの調味料で味つけするか、和洋中さまざまにアレンジする。そしてときにはエスニック風も。料理を楽しみながらつくっているのが伝わってくるメニューばかり。何を仕掛けてくるか、予想もつかないのがおもしろい。
たとえば卵とオイスターソースは、中華の香りが魅力的。中津川いもの味噌炒めは埼玉県の特産野菜が主役。男爵芋の半分ほどの大きさで、粘りはあるが味がほとんどない。だから味噌炒めのような濃い味で仕上げる。
焼きそばのポイントはそばではなく、添えてあるみょうがの甘酢漬けにある。大麦のサラダに使われている「おなめ」とは埼玉ならではの麦と大豆の味噌。これぞ埼玉のソウルフードなのだ(メーカーや各家族によって味も風味もまったく異なる)。「僕もまだ、全部回りきれてないんです。まだまだ美味しい素材はあるはず。素材との出合いは終わりがありませんね」。
それにしてもこの店で驚くことといえば、営業時間。14時開店、20時ラストオーダー、21時閉店と言う中途半端な開き方。「その理由は、朝早くから産直品の仕入れに行きたいから。それには早く寝て、早く起きること。必然的に時間がずれてしまった」。優先順位がほかの店とはちょっと違うってことだ。
山﨑シェフのこだわりは、駅周辺の繁華街からやや離れた店の立地や、日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、それぞれマニアックな飲み物のセレクトなど随所に感じられる。時々姉の綾さんが手伝いに来るが基本は山﨑シェフ一人で、仕入れから仕込み、掃除、調理、サービスまですべてをこなすのだから、最もやりやすい方法で進むしかない。
それでいてこの店の居心地がいいのは、どうしてだろう。厨房の中の山﨑シェフは楽しそうで、料理はどれも絶妙な美味しさ。味のバランスがとてもいいのだ。もう、ダサイタマなんて失礼なこと、言えない。サイタマ、サイコー。
文=犬養裕美子 写真=前田宗晃
2020年2月号 特集「世界に愛されるニッポンのホテル&名旅館」