駿府・駿河の伝統工芸に触れ、
江戸時代から親しまれている食を味わう
静岡ガストロノミーツーリズム|前編
静岡県の旬の美味を味わい、歴史や文化によって形成された食文化に触れる「静岡ガストロノミーツーリズム」。前編では、静岡県・駿府エリアで体験できる伝統工芸や江戸時代から親しまれている食に出会えるスポットを紹介していく。
静岡ガストロノミーツーリズムとは?
日本のシンボルである富士山、多種多様な魚介類が水揚げされる駿河湾、ミネラル豊富な大地を形成する南アルプスの伏流水をはじめ、変化に富んだ自然と温暖な気候に恵まれた静岡県。439品目に及ぶ農林水産物を生産し、農林水産大臣賞受賞数も常に上位を占めるなど、国内外の美食家が熱い眼差しを向ける“食の都”だ。
静岡県の気候風土が育んだ食材の数々には、この土地の伝統、歴史、習慣も深く関わっている。静岡県では「旬の美味を巡り、食文化の背景にある物語が堪能できる旅を楽しんでほしい」と、静岡ガストロノミーツーリズムを推進。2022年にはブランドサイト「美味ららら」を立ち上げ、特色豊かなエリアごとの魅力やモデルツアーの紹介を行っている。
今回訪れたのは、かの徳川家康公がのべ約25年間過ごした駿府エリア。東海道の要衝であるがゆえに多彩な食文化が生まれ、各地から集められた職人たちの技術が伝統工芸となって現代に紡がれるなど、城下町としての発展をいまに伝えている。地域が培ってきた美味と文化を味わう静岡県・駿府のガストロノミーツーリズムへ、いざ。
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駿府城の城下町
「匠宿」で箸づくり
駿府城や城下町、久能山東照宮、静岡浅間神社の造営に際し、全国から腕利きの職人が集められた駿府。職人たちは駿府に住み着き、駿河竹千筋細工、駿河雛人形、駿河漆器、駿河蒔絵、駿河塗下駄、駿河和染、駿河指物、静岡挽物、井川メンパなど、さまざまな工芸技術を継承してきた。
最初に訪れたのは、そんな静岡県の伝統工芸の数々を気軽に体験できる「駿府の工房 匠宿」である。敷地内には体験工房に加え、自家焙煎のコーヒーを提供する「The COFFEE ROASTER」や四季折々のフード&スイーツが人気のカフェ「HACHI&MITSU」、静岡県の“美味しいもの”を揃えた「コトコトストア」、暮らしに寄り添う工芸品が並ぶギャラリーショップ「Teto Teto」が軒を連ね、集落のような佇まいを形成。建築には漆、竹細工、建具、家具といった伝統的な技術を取り入れており、静岡県のものづくりを五感で楽しめる場となっている。
駿河竹千筋細工、染めもの、木工指物、漆、下駄、陶芸、模型の中から選んだのは、「漆研ぎ 粉貝箸」の体験。駿府漆器は戦国の世、今川の時代にはすでにつくられていたが、産業の基礎ができたのは江戸時代からだといわれている。この体験は何層にも漆を重ねた駿府漆塗の箸の表面を砥石で研ぎ、漆の下に蒔かれた貝を浮かび上がらせたのち、艶出しの仕上げを施していくというもの。40分ほどの体験で工程もシンプルなため、子どもから大人まで楽しめるだろう。優美な漆の色と煌めく貝の輝きを有す“マイ箸”は、食事の度に旅を思い出す大切な品となるはずだ。
匠宿
住所|静岡県静岡市駿河区丸子3240-1
Tel|054-256-1521
開館時間|10:00~19:00
定休日|月曜
https://takumishuku.jp/
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生産者とともに伝統の味を守る
とろろ汁の「丁子屋」
昼食は歌川広重の浮世絵「東海道五拾三次之内」の中で、「鞠子 名物茶店」と描かれたとろろ汁の老舗「丁子屋」へ。丁子屋がのれんを掲げたのは慶長元年(1596年)。丁子屋のある丸子宿周辺では栄養豊富で良質な自然薯が採れたため、とろろ汁は「精がつく」と旅人たちに喜ばれていたという。
現在、店を切り盛りするのは14代目丁子屋平吉さん。時代とともに変わる人々の味覚に合わせ、とろろ汁のベストな美味しさを追求している。「丁子屋のとろろ汁は、すりおろしたとろろに自家製の白味噌と焼津産の鰹だしを混ぜ、旨味としてマグロの煮汁を追加し、仕上げに卵を加えています。使用する自然薯は、地元の提携農家が大切に育てたもの。静岡の自然薯は在来品種のため、香りが強いのが特徴です。麦飯にかけたとろろ汁を豪快に流し込み、自然薯と味噌と出汁の風味を楽しんでいただきたいですね」と14代目は穏やかに話す。
現在の丁子屋の茅葺の建物は、12代目が「広重の描いた浮世絵こそが丁子屋の原点である」と、1970〜1971年に移築し、2022年に国の有形文化財に指定された。「12代目は広重の浮世絵に、自分たちの未来をみていたのだと思います。この絵にはお客さま、自然薯の生産者、そして未来を象徴する赤子を背負う従業員の姿が描かれている。丁子屋を丁子屋として存在させていくために、私もこの風景を守り続けていきます」と14代目は真剣な表情を見せる。
丁子屋にとって自然薯は味の要。丁子屋のある風景を未来に伝えていくためにも、生産者との連携は欠かせない。提携農家のひとつ「スギタファーム」の杉田輝一斗さんは、「自然薯は種となるむかご、種芋の段階で2回選別を行い、収穫までに3年かかります。手間と時間のかかる作業の連続ですが、香り高く、色の白い、美味しい自然薯をつくるためには必要なこと。自然薯が自生する環境を農園内で再現し、よりよい自然薯が栽培できるよう日々邁進しています」と笑顔だ。
静岡ガストロノミーツーリズムでは、とろろ汁をいただきながら、自然薯栽培の選別から漏れたむかごでつくられる焼酎「むかごのめぐり」を片手に、とろろ汁の物語に思いを馳せよう。
とろろ汁の丁子屋
住所|静岡県静岡市駿河区丸子7丁目-10-10
Tel|054-258-1066
営業時間|平日 11:00〜14:00、土日祝 11:00〜15:00(L.o)16:30〜19:00(L.o)
https://chojiya.info/
スギタファーム
Instagram|https://www.instagram.com/umasugita/?hl=ja
YouTube|https://www.youtube.com/channel/UCyuVItFdYRggGILUJq_GcKw
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わさび栽培発祥の地
「有東木わさび田」でわさび収穫体験
わさび栽培発祥の地、安倍郡大河内村有東木(現在の静岡市葵区有東木)にも足を伸ばす。約400年前、有東木の沢の源流に自生していたわさびを、井戸頭と呼ばれる湧水地に植えたことがわさび栽培の始まりとされ、慶長12年(1607年)には有東木の庄屋が家康公へわさびを献上。家康公は香りのよさと独特な辛味を絶賛し、門外不出の御法度品にしたと伝えられている。
時を超えて現在、有東木のわさびは腕利きの料理人を魅了する食材となった。緑豊かな山々に囲まれた有東木の集落にはわさび田が点在し、「有東木わさび田」と総称。急峻な地形に合わせ、階段状に石を積み上げる「畳石式」のわさび田で、湧水を引き込みながら栽培を行っている。
わさび田の整備から、植え付け、日除け、草取り、防寒、収穫、仕分け、毛とり、仕上げの水洗いまで、わさび栽培には実に手間暇がかかる。収穫までに1年半。その後の仕事も多く、ほぼすべてが手作業だ。「わさびへの愛情がないと、できませんよね」と、日本最古のわさび農家「わさびの門前」の16代目・白鳥長治さんはほがらかに笑う。
大事に育てられたわさびをクワで収穫させていただき、清らかな水で土を洗い流す。「有東木のわさびはゆっくり成長させているので、固く、凹凸の目が詰まっています。だから香り、色、辛さ、粘り、すべてが素晴らしいのですよ」と、白鳥さんが教えてくれたこのわさびは、料亭「浮月楼」での夕食で味わえるとのこと。夜がますます待ち遠しくなった。
生産者と直接交流できるのも、静岡ガストロノミーツーリズムの魅力のひとつ。静岡・駿府の食文化に触れる旅は、まだまだ続く。
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老舗料亭で旬の美味を地酒とともに堪能。
≫後編へつづく
text: Nao Omori photo: Hideyuki Hayashi