日本の発酵技術と歴史
麹菌は日本の食文化に欠かせない “縁の下の力持ち”だった。
世界に誇る発酵大国・ニッポンをつくり上げたのは、麹菌「アスペルギルス・オリゼー」といっても過言ではない!? カビの一種がなぜ日本の「国菌」に指定されているのか。歴史をさかのぼって謎に迫ってみました。
世界最古のバイオビジネスが
室町時代に存在した!?
日本人に飼いならされた麹菌である「アスペルギルス・オリゼー」は、いつ、どのようにして生まれ、家畜化されていったのだろう? 室町時代に書かれたという文献には、麹菌を培養し、全国の酒蔵へ流通させたという「種麹屋」の記述がある。この麹菌は「アスペルギルス・オリゼー」であるとされ、中島先生によると、室町時代にはなんと99%以上の純度で麹菌を培養する技術が確立されていたという。「微生物の純粋培養は、1870年代にドイツのロベルト・コッホが成功させたと一般の教科書には書かれています。でも14世紀の日本ではすでに麹菌の純粋培養が行われ、商業化されていたんです」。顕微鏡のない時代に、驚異的な純度の麹菌が育種・培養され、流通していたとは。
さらに「アスペルギルス・オリゼー」は、日本人がつくり出したカビであることが、最新のゲノム解析で明らかになっている。「アスペルギルス・オリゼー」の祖先は「アスペルギルス・フラブス」という、毒素を生成する自然界のカビ。突然変異によって毒素をつくる遺伝子を失った「アスペルギルス・フラブス」を、先人たちは鋭い観察眼で見極め、発酵食品の製造に都合のいい優良なカビを選抜し、育種してきた。その作業を繰り返すことで、よりよい麹菌だけが残り、家畜化されたという。
こうした歴史を経て、日本人は麹菌を飼いならし、日本特有の発酵食品を開発することで、世界に誇る発酵大国となった。発酵食品の開発には、注意と忍耐が必要であり、時には食中毒で命を落とした人もいたはずだ。それでも、美味しいものを食べたい、食べさせてあげたいという先人の強い思いが、発酵大国をつくり上げたのだ。
発酵食品には、民族の「愛」が込められていると中島先生は話す。「連綿と引き継がれる食品を開発してきた先人へのリスペクトがないと、発酵食品は成り立たないんです。科学という概念も、顕微鏡もない時代に、このような食品加工法を生み出した先人のたゆまぬ努力と熱い思いに、敬意を表さずにはいられません」。
「アスペルギルス・オリゼー」がもつ潜在性は、その後もさまざまな研究に充てられてきた。1854年に加賀藩に生まれた高峰譲吉が、モルトの代わりに麹の糖化力を利用したウイスキー醸造に乗り出す(モルト業者の焼き討ちに遭い、幻に終わる)。さらにオリゼー由来の消化酵素「タカヂアスターゼ」を開発し、現在も胃腸薬の主成分として使われている。また「日本の十大発明」のひとつであり、世界各地で使われる「味の素」も、1908年に池田菊苗が昆布やオリゼー由来のグルタミン酸から着想を得て開発したものだ。そして、清酒醸造の職人たちの手が不思議と白くきれいだったことから見つかった、麹から生み出されるコウジ酸には美白作用が確認され、現在では化粧品にも利用されている。
2006年、麹菌は日本の「国菌」に認定された。麹菌の計り知れない可能性を考えれば、国菌としての資格は十分に備わっている。今後も麹菌をはじめとした微生物の恩恵を基に、日本は世界の発酵技術をリードしていくに違いない。
スーパーでも買える!
麹を使ったオリジナル発酵食をつくってみよう!
麹菌の優れたパワーや効能を、手軽に体験・実感してみよう。味噌や甘酒は比較的簡単につくることができるので、ぜひチャレンジしてみては?
編集部おすすめの麹はコレ!
大正7年の創業時から変わらない技法で、米の芯まで麹菌を混ぜ込ませた、自然の甘さが評判の米麹。味噌づくりの合言葉は「一麹、二炊き、三仕込み」。麹にこだわった自慢の手前味噌をつくろう。甘酒にもおすすめ。
Data
価格|650円(1㎏袋入り)
問|羽場こうじ店(Tel:0182-45-2600)
これが本当の“手前味噌”
手順
①大豆をよく洗ってから18時間水に漬け、皮を取る
②大鍋でアクを除きながら3時間煮る
③小指でつぶれるくらいの軟らかさになったら大豆をビニール袋に入れ、空き瓶などでたたきつぶしていく
④米麹と塩(塩切り麹)を入れて混ぜ合わせる
⑤材料を団子状に丸め空気を抜き、桶などの容器に力を込めて押し込むように詰める
⑥空間ができないようラップを掛け、重石と蓋をしてひと夏〜1年熟成させれば完成
魔法瓶があれば1日でOK
手順
①魔法瓶に沸かした湯と温かいご飯250gを入れて混ぜ、温度が60〜65℃であることを確認する
②①に米麹125gを加え、60〜65℃を保ちながら混ぜる
③蓋をしたら準備完了。気温や魔法瓶のサイズによって異なるが、様子を見ながら発酵時間を調整し、米麹の粒がふやけていれば完成!
text: Kiyoko Hayashi photo: Asami Endo illustration: Honoka Yoshimoto
Discover Japan 2021年7月号「ととのう発酵。」